今月のひとこと

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2019年11月 天災は忘れた頃にやって来る

虹 台風銀座と言われる我が国は、今年もまた多くの台風の襲来を受けました。特に晩夏から秋にかけては、豪雨と台風に見舞われます。最近の台風は、地球温暖化と海水温の上昇で年々巨大化して?モンスター・ハリケーン″と呼ばれています。
今年もまた数多くの台風が赤道付近で発生して我が国を襲いました。特に台風15号、16号、19号は、日本列島に甚大な被害を残して去りました。未だに千葉県ではライフラインが完全に復旧していない所があるようですし、北陸の新幹線は不通の状況にあるようです。やっと噴火が治まってきた箱根山の入山規制が緩和されて安堵したのも束の間、台風の襲来でした。箱根登山鉄道は不通となり、復旧の目途が立っていないようです。秋の行楽シーズンを迎えて、観光地日光も、その他の紅葉の名所にも悲鳴があがっています。不運にもお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り致しますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

平成23年3月11日、東北地方太平洋沖地震による地震動及び津波の影響により、東京電力の福島第一原子力発電所で発生した炉心溶融(メルトダウン)などの一連の放射性物質の放出を伴った原子力事故がありました。この時もそうでしたが、時の総理大臣(菅直人氏)は、周囲が止めるのを振り切って災害対策の総指令を荷なう本部を不在にして、ヘリコプターで現地を視察していましたよね。これは、独断専行の暴挙としか言いようがありません。こうした背景には、彼には過去の名声が邪魔をして驕りがあったはずです。そうです。ミドリ十字の非加熱製剤によるHIV感染の薬害エイズ事件を、当時厚生大臣であった菅直人氏は、通称?郡司ファイル″が発見されたことを公表したのでした。そして、新進気鋭の菅直人氏は一躍時の人となりました。O-157の感染拡大の時も、TVの前で当時原因ではないかと疑われていた、かいわれ大根を頬張る姿は印象的で、国民の拍手喝采を浴びました。そしてその後、彼は内閣総理大臣として任命されたのでした。驕り高ぶって調子に乗ると碌なことはありません。今回の台風19号でも同じようなことが報じられています。千葉県の森田健作知事が、台風襲来の日に対策本部が置かれた県庁を不在にして別荘に行っていたという疑惑がかけられています。

以前モノの本にこう書いてあったことを思い出しました。『進化が進めば進むほど、自然の猛威によって破壊されるものが大きくなる』。世界に類を見ない戦後急速な発展を遂げた我が国に、ピッタリと当てはまることではないでしょうか。地震に風水害は、毎年全国各地で場所を選ばず何処かで起こっています。そしてこれからも起こるでしょう。これからは、もっと数多くの天災に見舞われることでしょう。これは気象の専門家に限らず、私たち国民、誰しもが想像できることでしょう。風水害においては、年々規模が巨大化していることも周知の事実でしょう。私たちは、いつも危険と隣り合わせだということは、頭では十分に分かっています。しかし、いつも災害に見舞われると多数の死傷者を出し、甚大な被害を被ってしまうのです。これだけ気象予報が発達してきているのに不思議なことです。これは医学が、これだけ発達してきているのに病気がいっこうに減少することなく、逆に増え続けている現象によく似ていませんか。昔から『災難は忘れた頃にやって来る』、『喉元過ぎれば・・・』という諺があります。今では、《災難はすぐ近くで待っている》、《口元に災いは待っている》と改めなければなりません。津波の対策で15m級の防波堤を作っても駄目です。早く高台に逃げないといけません。高台でも安心してはいけません。土砂崩れがあるかもしれません。大雨になっても、巨大地震に襲われても、いつテポドンが飛んで来るやも知れません。核の飛散で悲惨な事故に出会うかもしれません。いかなる災害にも人災にも生命を守る対策を講じなければなりませんね。巨大で頑丈なシェルター(避難所)を準備しましょうかね。いつでも空中に移動できたり、地下深く潜り込む能力をもった私だけのマイシェルターが必要になるかもしれません。空飛ぶ車が現実のものになった今、決して不可能ではないでしょう。

危機管理 今日から始める 令和の誓い    夢人


令和元年11月10日 令和天皇 祝賀御列の儀

2019年7月 されど洗脳

ヒトラー 洗脳については別稿でも述べましたが、私たちの生活や財産を脅かす巧妙な手口の詐欺事件や浅間山荘事件、松本サリン・地下鉄サリン事件など、私たちの生命を恐怖に陥られる凶悪な傷害・殺人事件を生み出してきました。防止対策を打っても、おさまることを知らない振り込め詐欺やオレオレ詐欺などは騙しであり、ある種の洗脳行為が根底にあって犯罪に結びついています。繰り返しますが、洗脳とは相手を完全に支配するという目的で使われます。暴力的な行為や言葉によって、相手の精神的な部分を崩壊させると同時に、自分の思い通りの行動、思考を持たせることを言います。私たちは人を洗脳してはいけません。そして、洗脳されないように注意しなければなりません。

洗脳で思い浮かぶのは、ナチス・ドイツを率いたアドルフ・ヒトラーです。彼は、巧みな論説と強烈な演説を駆使して強いリーダーシップの元、ドイツ国民を煽動し洗脳しました。結果は、皆さんがよくご存じのとおり悲劇な事態を招きました。
ところが今でも、こんなヒトラーを崇める人たちがいるようですね。こうした人たちは、ヒトラー思想に洗脳されているのでしょうね。間違わないでほしいのは、私はヒトラーを信奉する者ではありません。ただ、この昏迷する世の中においては、全国民を熱狂させる強いリーダーシップは必要だと思います。この世の中に完全に正しいものは、ほとんどないと思いますが、大多数の人たちを幸せにする目的であれば、強いリーダーシップを発揮して人々を洗脳しなければならないと思います。ここで大事な事は、貧富の差などは関係なく、多くの人たちが対象となり、全地球、全宇宙と共存していなければならないことです。本当の幸せとは何か。全地球、全宇宙との共存とは、何を指すのかを熟慮しなければなりません。原子力発電はどうですか?国際連合の在り方はどう思いますか?G7やG20サミットをどう考えますか?私が身を置く医学界で最先端医療と、さかんに宣伝される技術は、正しい方向性を持っているのでしょうか。新薬の開発はどうですか?

私のクリニックには、医療機関に見離されたガン難民の方と、西洋医療を極端に厭って相談に来られる方がほとんどです。それ以外の方も受診されることはありますが、大抵の人たちは、迷いながらも担当医の説得や家族の意向などで、西洋医療の抗ガン剤治療などの標準治療を選択されます。こうした人たちの中で完治(寛解を含んで)された方は、未だかつてたった一人しか私は知りません。後の方は、不幸にもこの世を去られたり、消息が不明となっています。何が良いのか、悪いのか判らなくなってしまいます。医療の世界は勿論ですが、政治や経済の世界にも人々を真の幸せに導いてくれる、真理論説と強いリーダーシップを持った先駆者が現れることを強く望むところです。そこには正しい理解と洗脳現象が存在していなければならないでしょう。正しい真理を説く洗脳者と、何の疑いもなく追従する被洗脳者なくして安息な世界は訪れることはないと思います。

願う心に 宿る力 祈る力は 命育む    夢人


令和元年 大雨の九州博多路

2019年6月 思いの力

リニア 思いの力って測れるのでしょうかね。思いの力が測れるのならば便利でしょうね。恋愛感情が芽生えた時に、好きになった彼女がどれくらい自分のことを愛してくれているのかが分かると、今後の展開に大きな影響を及ぼします。もしも全く芽がないのであれば、早目にその恋愛感情に終止符を打った方が身のためになるでしょう。もし仮に少しでも芽があれば、自分の思いをさらに強めれば二人のカップリングは間もなく成就に向かうでしょう。相手の思いもそうですが、自分の思いも測定できれば、思いの強さを自由自在にコントロールすることが可能になるわけですから、自分の人生を自由に設計することも可能になるでしょう。
一念、岩をも貫く。となればいいのですが、そうは問屋が卸しません。そんなに簡単に願いが叶うはずがありません。以前、思い(思念)について考えていた頃、何かの本に思いの力は電気現象で、その力は1マイクロボルト(μV)と書いてあったことを憶い出しました。1マイクロボルトって、どれくらいの強さか想像がつかないでしょうね。物凄く微弱なものですが、確かに電気の力は存在しています。これから思いの力が、電気活動であるということを前提にして話を進めていきましょう。

電気というものは、磁気によって生まれています。S極とN極で出来ている磁石に、鉄は引き寄せられます。同じ極同士、例えばS極同士は反発し合い、違う極同士は引き寄せられることもよく知られています。2027年に先行開業予定の東京と名古屋を40分で結ぶリニア中央新幹線も、超電導という磁気を利用したものです。磁気によって発生する電気には、電子が大きく関与しています。思いの力というものは目には見えませんが、その実態を想像する時に、この電気を生み出す電子というものを、イメージしてみると判りやすいかもしれません。私が貴女を想う時、私から貴女に電子が飛び出しているという光景をイメージするのです。私たちが家庭で使っている電気も、電子というものが流れを作って電流となり、電線の中を流れています。目には見えませんが、確実に電流は流れて電化製品を作動させています。思いの力も同じように考えてみたらいいと思います。静電気も目には見えませんが、確かに私たちの周りに存在しています。

“類は友を呼ぶ”などと言われる現象も、電子の流れによって引き起こされているのかもしれません。とても偶然とは考えにくいものです。好きという思いは、好きという感情を乗せた電子が、彼女の元に届いていると考えてみたら、人生も新たな楽しみ方ができそうですね。但し、嫌いという思いも相手に届くことになるでしょうから、その場合は両刃の剣となるので、安易な思いはもたないようにしなければなりませんね。とても微弱な電気といえども、集まればもの凄い力になるでしょう。ここはひとつ、信じて幸せ探しに試してみてはいかがでしょうか。

信じたら やる 誰でも出来る 小さな思いたち  夢人


令和元年 幕開けて6月の声

2019年5月 ド・レ・ミの謎

私は皆さんにイメージの重要性を説いて、自分の治療に生かして下さいと伝えています。ところがうまくいく人と、そうでない人が出てきて、それも極端な違いがあるのです。その人の置かれている状況や性格、人間性などで違いが出てきているようです。救われるか、そうでないか。私は、救われたい、治りたいと真に願うのであれば実践するように強く言うのですが、それでも違いが出てきます。
この数か月、特に西洋医療から見離された人や、抗がん剤などのガンの標準的な治療を厭がる人たちにイメージ療法を勧めるのですが、なかなか効果が見られません。自分の命の行方を左右するかもしれない重大な事だと思うのに、やらない人や、やり始めても続かない人がいるのです。詳しいイメージ療法については別稿に語るとして、イメージでガンなどの難病を克服したいのならば、続ける事が大切なのです。只々、続ければいいのです。
さて、何故続けることが大事なのでしょうか。皆さん、1(イチ)と声に出してみて下さい。頭の中でイメージするだけでもいいです。次に何かが起こっていますか?そうです、2(ニ)と誰かが言っていませんか?1・2。イチ・ニ。さらに3(サン)と続いていきますね。3(サン)と思った時に1(イチ)、2(ニ)は、どうなっていますか?3(サン)と言っただけなのに、1(イチ)と2(ニ)が残っていませんか?1(イチ)、2(ニ)、3(サン)とつながっているでしょう。これが大切なのですよ。1(イチ)と口火を切らないと2(ニ)や3(サン)にはならないのです。ドと言うとレがきてミにつながりますね。私たちは生まれてきてから、さまざまな経験をしてきています。そして現代は、さまざまな情報が溢れています。この経験や情報が、これからの私たちの人生に大きな影響をもたらすのです。2人に1人がガンになって、3人に1人が亡くなる現代において、あなたは、その2人のうちの1人になりますか。3人のうちの1人になりますか。きっとなりたくはないと思うでしょう。でも、あなたがそう思った瞬間に、その1人になってしまうのですよ。私たちの心や体に刻まれた記憶やイメージには、変な癖があるのです。マイナスの方を選ぶ癖があるのです。だからこそ、プラスのイメージを持ち、プラスの選択しかできないような生き方のイメージを持つ必要があるのです。これがイメージ療法のコツです。自分は、ガンにならない。もしもガンになったら自分は治る。何の疑いもなく、100%そう思わなければいけませんよ。疑ってはいけません。不安がってはいけません。「ならない」「治る」とだけでいいのです。1(イチ)の次は2(ニ)。ドの次はレ。1(イチ)、2(ニ)、3(サン)。ド、レ、ミ、です。忘れずにドと言えばいいのです。言えば必ず自然とつながりができますよ。「ガンにならない」「ガンは治る」と連なっていくものですよ。
信じる人って素晴らしい これが幸せの王道    夢人

令和元年5月 猛暑の芝公園
ド・レ・ミの謎1
ド・レ・ミの謎2

2019年2月 幸せの黄色い旗

黄色い旗 今は亡き名優、高倉健さん主演で山田洋次監督の『幸せの黄色いハンカチ』という映画がありましたね。皆さんご覧になった事がありますか。旅に同行した武田鉄矢さんと桃井かおりさんの車中のキス・シーンで終わりました。あのキス・シーンはよかったですね。二人ともまだ若くて初々しかったですね。刑務所帰りの高倉健さんを待つ、妻役の倍賞千恵子さん。あの『男はつらいよ』で寅さん役の渥美清さんの妹役で、さくらを演じた女優さんです。私の憧れの女性です。過去のある刑務所帰りの夫を待っていてくれて、受け入れてくれるなら「鯉のぼりの竿に黄色いハンカチをぶら下げておいてくれ」という物語でした。そして健さんは、家の前にたなびく沢山の黄色いハンカチが結ばれた旗を見て涙にむせびました。感動的でしたね。あれこそが、全てを許して受け入れるということですね。
あの映画を観て以来、黄色という色が好きになりました。街の信号も何となく優しい感じがしてきました。注意しなさいではなくて、優しくしてねと語りかけているように思えてきましたよ。

黄色いハンカチ 旅は道づれ 皆 皆 幸せだね  夢人

平成31年2月 寒椿に春の風

2019年2月 白旗を揚げる

負けを認めて降参することを、白旗を揚げるといいますよね。軍陣における白旗の使用は、平家の赤旗に対する源家の白旗が有名です。降伏の印としての白旗は、中国から渡来した風習らしいです。別稿で詳しくお話をしますが、私は赤旗でもなく白旗でもない黄色い旗を揚げることを推奨しています。今の世の中は、経済市場主義が優性を極め、企業は勝ち負けという厳しい局面にさらされています。まさに見えない戦争状態にあり、見渡す限り戦場と化しています。戦いに勝った者は、より戦勝品を増やそうと戦力を増大し続け、負けた者は、あらたな戦場を求めて新しい戦力を整えて勝機の場を捜し続けているのです。こうして際限のない戦いは続けられているのです。勝者に赤旗が揚げられ、敗者には降伏の象徴である白旗が揚げられます。旗が揚げられないまでも勝者の手が揚げられるのです。この瞬間に雌雄が決するのです。双方に涙がありますが、全く違う涙です。そこには歓びの涙に、悲しみの涙が交錯しています。両者を支援する者たちも真っ二つに分断されてしまいます。残酷な光景に見えるのは私だけでしょうか。素敵な光景に映る人もいるかもしれませんが、私には天国と地獄にしか見えません。辛くて仕方がありません。それに似た競争と戦いを小さい頃から強いられ続けてきた私は、そんな光景など見たくもないのです。別稿に譲りますが、日本古来の武道の精神など微塵も感じられません。だから私は、幸せの黄色い旗を勧めているのです。隣国北朝鮮や韓国、中国との問題もいろいろと論議されていますが、こうした難題に対しても、この黄色い旗的解決法があるのではないかと思うのです。単なる話し合いというものではなくて、双方が幸せになる手段を考えていかねばならないと思います。

さて、私は以前から生きることにおいても、治療の場においても、白旗を揚げることを勧めてきました。勝ちも負けもない人生を産み出すための通過点的解決法としての白旗です。戦いであれば休戦宣言になります。豊臣秀吉がもっとも得意とした調略とは全く違います。下心など全くない双方にとって究極の処世術のことです。

さて、降伏の象徴である白旗に話を戻しましょう。白旗は降参して戦いを終わらせるという合図です。行き詰まってお手上げの状態です。英語でいうホールドアップ(hold up)のことです。以前、『白目をむく』というお話を別稿で書きましたが、この白目と白旗は同じような意味があるように思うのです。白旗を揚げるということは、降参して相手に身を任せるという意味でした。それでは私たちが、何かを考えようとした時に取る行動で、白目をむくという動きは何を意味していましたか。そうです。自分の限界を感じてホールド・アップしているポーズに似ていませんか。思考をフリーズして誰かに、何かに身を任せてすがっているように見えませんか。そして次の瞬間には、何処からともなく解答が、救いの手が現れてきていませんか。白旗を揚げた瞬間、次に誰かが、救いの道が拓かれていくのですね。
白は純白 赤は情熱 黄もいいかな  夢人

平成31年 小春日和の2月 羽田空港
白旗

2019年2月 『ええーと』の不思議

私は、数年前にある事に気づいていました。そして最近、それが確信に変わったことがあります。私はこの数年、過去に手酷い仕打ちを受けて、不安や恐怖感に襲われている人や、恥ずかしめを受けて人目を避けて引き籠るようになった人たちに、何か救いの手段はないものかと考えていました。専門書などには何事も前向きに考えるようにしなさいなど、ポジティブ思考を説いているものが多いようです。しかし、それは頭では分かっていても現実場面では、ほとんど苦悩する人たちの救いの手にはなっていないと思います。過去に辛く怖い体験が原因で不安、恐怖状態で電車に乗れないとか、外出が出来ないとか、日常生活に大きな障害が及んでいる人たちが私のクリニックを受診されます。その方たちの多くが、巷の書店に所狭し並べられている医療関係の書籍を、こっそりと手に取り勉強をされたり、ネット情報を検索して作者が勧めるさまざまな考え方や手法を実践されているのです。結果、ほとんどの方の不安感や恐怖心は改善されていないのです。中には、かえって症状が悪化している場合も少なくありません。私も小さい頃に、恥ずかしめや苛めを受けて人が信用出来なくなりました。今でもその時の光景が鮮明に残っています。人の前に出るとひどく緊張しますし、日頃手や足や全身が小刻みに震えています。声も震えます。精神安定剤を飲んだこともあります。もちろん皆さんのように、著明な専門家が書いたさまざまな書籍を読み続けたこともありました。でも、全く効果はなく改善の光などありませんでした。なぜなら、彼らが説く考え方では根本的な解決策にはならなかったからです。そこで、苦しみと不安や恐怖に怯えながらも、自分なりに編み出した改善手段があります。それは、冒頭の気づきが発端でした。名づければ、俯瞰(ふかん)超越思念法とでもしておきましょう。この方法の具体的なやり方は、別稿に譲ることにして今日はこの契機となった気づきについてお話しておきましょう。
私たちは試験問題を問いたり、何か質問されてすぐに解答が出ない時にどういう仕草や表情をしていますか。きっと『ええーと』と口に出したり、思ったりしていませんか。気づきの最も大事なポイントは、その表情にあります。顔つきです。その時、あなたの両眼はどうなっていますか。両方とも上を向いていませんか。そうです。眼球は上転していませんか。この眼球の上転は、考える時にやる以外に毎日やっていますね。そうです。眠りです。睡眠中は、夢を見ているレム睡眠の時間以外は、眼球は上転しています。レム睡眠時は体が嵐の状態になっていて、眼球も激しく動いています。急速眼球運動(REM:Rapid Eye Muvement)といいます。レム睡眠以外は、眼は上を向いたままなのです。眼が上を向いていると睡眠が維持されて眠れるのですね。

さて、私が注目したのは、この眼球上転です。『ええーと』と解答を捜して考える時の眼球上転です。そして気づいたことは、眼球を上転させてみて下さい。どうですか、いろいろと考え浮かんできますか。浮かんできた人には、敬意を払います。絶対に浮かんできません。思考は、完全に遮断されます。何も考えられないのです。考えられないはずです。『ええーと』と考えようと意識していますが、実は無意識的に考えられないような行動をしているのです。そして、その直後に解答が出てくるのです。考えようとすると考えられない世界に入り、その後に解答が出てきているのです。困り果てて考えようとすると、考えられなくなった後に考えが出てきているのです。私たち人間は、長い年月をかけて進化を続けていますが、高度に進化した知能や思考や感情の奥底には途方もない超能力が隠されているのかもしれませんね。思考を閉ざした時に沸き起こってきた考えとは、いったいどこからやって来たのでしょうか。現代科学がいう記憶が蓄えられている側頭葉の親指位の大きさの海馬に隠されているとは到底考えられないのですよね。神様、お願い、教えて。数年前に気づいたことは、思考を閉ざすと新たな考えが湧いてくるということでした。辛い体験を無理してプラス思考にするのではなく、辛い体験を考えない、考えられない時間を持つと何かがリセットされて、新しい発想や考えが沸き起こってくる不思議な現象があるということを知らされました。次は、俯瞰(ふかん)超越思念法をお話します。お楽しみに。
我を忘れた無私 無心の私に 至福の宝 降り注げ  夢人

平成31年2月 節分の櫛田神社

       
しびれ痛みは健康の内 麻痺がくれば一巻の終わり   夢人
平成30年10月 季節はずれの真夏日
考える

2018年12月 マザー・テレサ

人気アイドルグループの歌のフレーズに♪会いたかった、会いたかった…♪
とあって、時々私の頭の中のCDが廻り始めます。私は会いたかった人が何人かいらっしゃいます。その中で群を抜いているのが、マザー・テレサ女史です。診察室の私が座る椅子の真後から私の診察を見守ってくれています。そして、クリニックの受付と待合室には以下のパネルを掲げています。やはり、マザーは素晴らしいですね。ダイアナ妃が強く魅かれたのもうなずけます。

『あなたの中の最良のものを』By マザー・テレサ(原文:ケント・M・キース)
人は不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい。あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。気にすることなく、善を行いなさい。目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。気にすることなく、やり遂げなさい。善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。気にすることなく、し続けなさい。あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。気にすることなく、作り続けなさい。助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく、助け続けなさい。あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。けり返されるかもしれません。でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

私の仏門の師匠がマザーと親交があり、会える可能性があったのですが彼女は、それを前にして他界されました。ご縁がなかったのでしょう。会いたかった、会いたかった、マザー・テレサに。

もう一人、クリミア戦争の銃弾が飛び交う前線で、従軍して負傷兵の手当をしたイギリスの看護婦、フローレンス・ナイチンゲールです。彼女にも会いたかった。『ナイチンゲール誓詞』は感動的でした。男性ですが、医者の『ヒポクラテスの誓い』と双壁を成す医療と看護の根幹となる感動の誓詞だと思います。会いたかった、会いたかった、フローレンス・ナイチンゲールに。

もう一人、フランスのジャンヌ・ダルクです。イングランドとの百年戦争に従軍し、占領されていたフランス領を奪還しました。英雄です。しかし、異端として19歳で火刑に処せられ、その生涯をとじた衝撃が私の心を打ち続けます。会いたかったね、ジャンヌ・ダルクに。

私は男性優位の社会から、母性中心とした社会に変えようと考えて?平成ジャンヌ・ダルク構想″を掲げて活動しています。この活動の骨格には、ジャンヌ・ダルクの思想が沸々と流れています。やはり、会いたかったね、ジャンヌ・ダルクに。
会いたい マザー 背後から 彼女の声がする  夢人

平成30年12月 厳寒の芝公園
マザーテレサ

2018年10月 五感を殺す

人は何故、悩むのでしょうか。何故、苦しむのでしょうか。その答えは簡単。考えるからです。過去と昨日と明日があるからです。よく考えるからです。深く考えるからです。反省するからです。今日よりも明日と思うから悩み苦しむのです。
生まれつきなのかどうかは、わかりませんが、私は、五感がものすごく敏感なのです。敏感を通り越して過敏なのです。目を5分も開けていると、すぐに眠気が襲ってきて目を閉じたくなります。瞬目も人より多く、目の動きも多くて速いと言われます。だからでしょうか、若い頃から極度の近視と乱視で眼鏡なしでは生きていけません。聴覚も敏感で微かな音にも反応します。だから騒がしい所が嫌いです。騒がしい人と一緒にいるのが苦痛です。だからでしょうか、若い頃から耳の中に頑固な痒みがあって、痒み止めなしでは生きていけません。嗅覚もすごいですよ。犬猫ではありませんが、人が感じない臭いがわかります。だからでしょうか、若い頃から鼻炎があって鼻汁と鼻閉がひどいです。だから点鼻薬は欠かせず、毎日何度も点鼻しないと生きていけません。
田舎育ちで小さい頃から濃い味のものを食べ続けてきましたので、薄味のものは好みません。濃い味にも年々慣れて、砂糖やしょう油などの調味料が増えている気がします。変なものが入っているとすぐにわかります。だからでしょうか、小学5年生から煙草を覚えて62才になる今日まで、一度も止めたことがありません。これは、内緒の話です。未成年だろうがと言われそうですが、大人びていたのでお許し下さい。お忘れ下さい。ヘビースモーカーでいつも煙草を口にしています。だって煙草を吸った後は、口の中の粘膜が麻痺して何でも食べられるんです。好き嫌いはありません。

一昨年、今でも原因はわからずじまいですが、右足の指3本が腐りはじめ骨が見えるほどの深い潰瘍ができて、激痛で1年間苦しんだことがあります。その時、初めて気づいたことがあります。私って皮膚の感覚がおかしいんだと思ったんです。生傷を負って激痛があって骨まで見えているのに、包帯もせずに杖をついて歩きまわったり、風呂のお湯の中につけたりしていたのですからね。今でも注射針を刺されるのが恐くて、逃げまわっている痛みに弱い私がですよ。こんなことも発見しました。傷ついた右足の指の周囲30㎝位の範囲に、異物が浸入してくると、反射的に足を引っ込めることが出来るようになりました。
そのため痛んだ足を踏んづけられることもありませんでした。まるで右足にはセンサーがついているようでした。そういえば私は、月に何度か飛行機に乗ります。トイレが近いのでいつも通路側の同じ席を予約します。JALの11Hの席です。それ以外の席には滅多に座りません。羽田空港でも福岡空港でも、早朝であっても空港ロビーのラウンジで必ず、前の晩のにぎり寿司などを持ち込んで生ビールを一杯飲むのが日課です。搭乗して離陸するまでの短時間は本を読んでいますが、すぐに眠気が襲ってきて眠りにつきます。しかし、離陸して間もなく機内サービスのワゴンが来る時には必ず目が醒めます。何となく周囲のざわつきがわかります。眠っていても通路をトイレに向かう乗客やCAが通る時もほとんどわかります。ただし今でもCAの女性が、美人さんかそうでないかの的中率は、あまり芳しくありません。修業不足ですね。
話が少し反れてしまいましたので元に戻ります。人は何故悩むのか。人は何故苦しむのか。その答えは簡単ですよ。考えるからでしたね。過去と昨日と明日があると考えるからでしたね。
私たちは、物心ついた頃から?よく考えてから行動しなさい″、?頑張っていい人間なりなさい″などと叱咤激励の嵐を受けて育てられてきました。こうした励ましの裏には、過去を反省し、煌びやかな明日を摘み取りなさいという無言プレッシャーと成し遂げられなかった場合のストレス源が潜んでいて、声をかけられた一瞬に凝縮されてしまうのです。だからその瞬間に私たちは、萎縮してしまって何も出来なくなるのです。表面的には励まされて勢いが増すように感じるのですが、その勢いは、ぎこちなく本来その人が持っている能力とは違っているのです。見せかけの勢いでしかありません。だから、その状態が永く続くはずがありません。燃え尽き症候群といわれる状態も、こうしたことが大きく影響しています。本当の勢いというものは、尽きることがなく永遠に続くものです。続かないということは偽物なのです。
皆さん一度、五感を殺してみて下さい。視覚も聴覚もすべての感覚に限界というものは存在しません。どこまでも見えて、どんなに遠くのものでも聴こえます。これが、超感覚というものです。知覚の過敏とか、知覚の過剰とかいわれるものとは全く質が違います。時限が違います。勢いが止まることなく、見えない世界のことまで感じることが出来るようになります。
目を閉じて五感を殺して過去も未来も切り取り、今の時間に意識を集中してみて下さい。凄いことが起きるかもですよ。
心眼開けば 誠の情念 見え隠れ  夢人

平成30年10月 晩秋の便り
東京タワー

2018年5月 奇妙な現象

年を重ねてくると人の心の動きがよく見えてきます。いろいろな癖や行動も読みとれるようになってきます。診療においてもそうです。例えば、診療の予約でも一つのパターンがあります。判で押したように予約時間の5分前に来られる方。10分前と決めて来るような方もいます。ぴったり、時間通りに来る方。そういう方たちは、それぞれに同じような性格をされています。ところが、規格外の方もいらっしゃいます。1時間も前に来られる方もいます。それだけで驚いてはいけません。先日は、予約時間の4時間前に来られた方がいて、待合室でパンを召し上がっているのです。ずっと携帯電話を触りながら・・・。遠方から来られているということで許可はしましたが、ネットカフェと間違えておられるのかとびっくりしました。いますよね、ホテルのロビーのソファーを占領して昼寝をされている方。こうした想定外の人を除けば、ある程度その方の性格や癖などが想像できます。そして、診療をするうえでもその方の治療方針が見えてくることも多いのです。想定外の行動を(平気で?)とる方は、やはり何かおかしいところがあって、治療するうえでも悩ましい問題に発展することも多いようです。

さて、最近気づいたことがあります。私は、この40年間でいくつかの会を組織してきました。最近の10年間では、近しい人たちにいくつかの共通した約束事の厳守を命じています。今日はその中で次の4つだけをご紹介しておきましょう。
1つ目は、時間を厳守することです。例えば、会合の開始時間に遅刻しないことです。一般で参加する場合には、少なくとも15分前には会場に到着しておくように指示しています。ましてや、会の責任者や担当者であれば、準備をして参加者を迎えなければいけませんので、30分前、それ以上前には会場入りし、準備をしておかなければなりません。時間ギリギリの到着や遅刻は断じて許されません。そういう人は、心の準備不足で信頼できません。
2つ目は、連絡(発信、返信)には迅速に対応することです。私の会の者には、電話やメールなどの連絡に対しては、遅くとも3分以内に対応するように指示しています。雇われの身では携帯電話をとれないと反論する人もいるのですが、それは屁理屈でしかありません。日頃から迅速な対応を慣例化していないと、緊急事態には到底対処できないからです。
3つ目は、集中して迅速に行動することです。会議中に居眠りをしたり、大事なことを「私は、聞いていませんでした」など反論して、全体の流れを阻害することを禁じています。こういう人は、得てして理屈だけ言って大事なことをやらない人、やりたくない人です。指示された事には集中して迅速に行動しなければなりません。
4つ目は、仕事に穴を空けないことです。私は、幼稚園から今まで病気で学校や仕事を休んだことはありません。それは、休むほどの病気や怪我をしなかったということになります。39度の高熱があっても学校に行きました。尚且つ親から無理天理行かされもしました。車にひき逃げされ顔面血だらけで、お岩さんのように顔が腫れあがっても仕事に行きました。突然平気で予定をキャンセルしたり、病気を理由に会合や仕事に穴を空ける方がいますが、気の緩みは否めません。何事も真念を持ってもらいたいものです。以上、4つの約束事を申し述べましたが、こうした約束事を完徹できる人とそうでない人とは、いくつかの特徴があるようです。完徹できない人の特徴として、一部の専業主婦の方を除いては学校を卒業後、一度も外に出て働いたことがない方は、こうした約束事が十分に守れないように思います。言ってみれば比較的時間にゆとりがあり、時間を自由に使える方ほど時間にルーズになりやすいようです。時間にルーズな方ほど病気や怪我をしやすいとも言えます。極論にも思えますが、どうもそのような傾向がありそうですね。
この世には地球時間があって、時計と時刻がある以上は、時間厳守は大切なことだと思います。病気にならないために事故や怪我から逃れるためにも皆さん一度考えてみて下さい。未開の密林に暮らす人たちも、きっと太陽の高さや方位、天候に対して敏感で直感を研ぎ澄ましているのだろうと思います。時間やルールに追われ、縛られずに時間やルールと共鳴し、超越した時に幸せや健康のありがたさが本当に分かるのかもしれません。
時間もルールも 超えるためのもの 守るためじゃない  夢人

平成30年5月 梅雨の香り
紫陽花(東京)

2018年3月 0.5秒前の主(ぬし)の正体(が分かった)

平成26年5月11日、伊勢志摩で『0.5秒の主(ぬし)』というテーマで講演をしました。あれから4年の月日が流れました。当時、その主(ぬし)の正体が十分に分からないままで話をしていました。全く意識はしていませんでしたが、昨年春くらいからその正体の全貌が、頭の中でよりはっきりとした姿を見せるようになり始めています。今、言葉で表現出来得る限りのことを述べてみたいと思います。

まず、その正体が量子物理学でいうところの電子であったということです。さらに電子には、意志があったということ。そして、一般に私たちが意志発動という現象の前と後に意志発動に影響する二種類の電子が働いていたということです。私はこれを誘導電子と名付けました。私たちの意志発動を誘発する生体外意志発動誘電子が私たちの生命体に侵入して、生体内意志発動電子を形作って意志が発動します。そしてこれが再び生体外へ飛び出して生体外意志発動導電子として、私たちを取り巻くさまざまなものに影響を与えているように思います。私も皆さんも、この人生を思い通りに生きてみたいと思いますよね。それは、あるいくつかの条件を満たせば、それも絵空事ではなく実現可能だと思います。現に今、心や体に病気や障害をもつ何人かの患者さんと一緒に実現しているところです。さてさて、驚きの事実が現れるでしょうか。
まだまだこの誘導電子については詳しく説明しないといけないと思いますが、紙面の関係もあって今日はこの辺で休息と致しましょう。
目と目で通じ合う 傍におわすは、招き雛の群れ  夢人

平成30年3月3日 驚愕のひな祭り
ひな祭り

2018年2月 インフルエンザ最前線

平成30年1月28日現在、日本列島は大変なことになっています。偏西風の大蛇行に加えて南岸低気圧の到来は、大雪、異常低温をもたらせ日本列島は大混乱しています。この異常気象と関係があるかないかは知りませんが、インフルエンザが猛威を振るっているようです。
テレビのニュースでは、近年稀にみる大流行という言葉が毎日テレビ画面を舞っています。「国民の皆さん、インフルエンザワクチン接種はお済みでしょうか」、「帰宅したら、うがい手洗いを充分に行って下さい」、「できるだけ人込みには入らないようにしましょう」うるさくてたまりましぇーん。でもお陰様でどの病院も大繁盛しているようです。先日も小耳に挟んだのですが、調剤薬局をやっている知人がこう嘆いていました。「昼間に大混雑していて多くの人が待っている中で、インフルエンザに罹った患者さんがゴホゴホ咳をしているのにマスクをとって、インフルエンザの鼻から挿れる治療薬を平気でするんですよ」、「朝から熱があってインフルエンザの可能性があると分かっていて、外来が空いている夜間を狙って来るんですもの」って。体が弱って病院を受診し、命より大事な薬の処方箋をもらって薬局にやって来るのですが、帰り際には新しい病気もついでにもらって帰るのですからたまりましぇーん。豪華お土産つき医療ですよ。

話は変わりますが、私は今まで一度もインフルエンザに罹ったことがありません。それにいつも私の傍にいる人も、インフルエンザに罹ったという話を聞いたことがありません。何故でしょうか?それはひとつにインフルエンザに、インフルエンザの流行ということに全く興味がないからではないかと思っています。
東京が、福岡が、大流行の兆しだとTVアナウンサーや医療の専門家が、いくら声を大にして叫んでも私は、「へぇそうなの」ってなもので、「僕には全く関係のないこと」ってくらいの受けなのね。マスクなんてしないし、手洗いはしますけどカラスの行水じゃないけど軽くさっと水道の水で流す程度。うがいなんかしたことないし、石鹸なんか面倒くさくてやりませんよ。
インフルエンザに罹らないふたつめの理由。私は、体が弱いからでしょうかね。若い頃から気管支が弱くて鼻炎をいつも大事に手離さずに持っています。ちょっと寒いなぁと思ったら、途端に鼻水が水道の蛇口を全開にしたように流れ出して止まりましぇーん。鼻水のかみ過ぎで鼻の周りは真っ赤に腫れてヒリヒリと痛みます。ティッシュペーパーが残り少なくなったら、丸めて鼻の穴に詰め込みます。そんな理由でインフルエンザの大流行が起きて、いくらウィルスが浸透していたとしても、彼らが私に入り込む隙間はないのです。だって、もうすでに他の雑菌やウィルスが私の体を占領しているんだもの。残念でした。
はい。インフルエンザに罹らない方法は、あまり周囲の情報に振り回されないことです。人は人、僕は僕。次は、常日頃から病気を持っておくこと。いつも風邪をひいていて鼻水を垂れ流していたら、体の汚いものをついでに流れ出てしまっています。手洗いして、うがいしても無駄骨です。だってウィルスって目には見えないくらい小さくて、疾風(はやて)のように表われるからですね。無理無理。インフルエンザのワクチンは?言えねぇ、言えねぇ。お上からこっぴどく鉄拳制裁。
このお話は、僕の独り言です。信用しないで下さい。もしも、納得されて実行されてインフルエンザに罹られても、自己責任ということでお願いしますね。クワバラ、クワバラ。
嫌い嫌いも好きのうち インフルエンザは救いの神かも  夢人

平成30年1月 寒空の東京タワー
インフルエンザ

2018年1月 下り坂を昇る(2)-苦楽逆転の坂の上の雲-

世界遺産に登録された富士山に一度は登ってみたいなぁと思いつつまだ頂上まで登れていません。確か子どもの頃に5合目までは車で行ったような記憶はあります。数年前、バラ園を経営している女性ヒーラーに会うために富士山の裾野を訪れたこともありました。
山登りは、山あり谷ありの人生に喩えられます。また、山登りは登りより下りが難しくて大事だとも言われます。ここまではこれまでの常識的な事ですが、さて、3年前の正月に私の頭の中に舞い降りたあのフレーズ。下り坂を昇るという意味不明の、あのフレーズです。あれからずっと意味を考えていました。そしてやっと、その意味するところが分かり始めました。
きっと皆さんから何て馬鹿なことを考えているのだと、私のことを奇異な目で見られることは承知の上であえて告白しましょう。
21世紀の幕が開いて今年で17年が過ぎました。私は、きっと21世紀は新しいうねりが起こると期待していましたが、今のところまだその気配は感じられません。感じられないどころか、20世紀の成長を支えた市場原理の「追いつけ追い越せ」の競争主義が変わることなく流れており、逆にその勢いだけに拍車がかかっているようにも思えます。昨年、世間を騒がせた元国会議員の「違うだろう、違うだろう」ではないですが、何か全てが違うのではないでしょうか。皆さん、そう思いませんか。

相も変わらず高度成長を目指すと宣う政界、同じく賃金アップによる豊かな生活を口にする経済界。世界に目を向けても自国の利益だけを優先する多くの国々。公益法人とは名ばかりの団体。最近では世間を騒がせた相撲の世界にまで権力闘争の醜態。国技ではなかったの。神事ではなかったのですか。私は思うのです。もう競争や戦いは止めて欲しいと。競争社会に呑み込まれて、もがき苦しんで散っていった一人として今こそ、下り坂を昇るという意味を皆さんで考えて頂きたいと思います。下り坂を下りるということは当たり前のことですが、上ることだけが大事なことではありません。下ることも大切なことです。山頂に到着した時の達成感も凄いでしょうが、下りきった爽快感も凄いでしょう。でもこれは当たり前のこと、常識の範囲内のこと。これからは、この常識を破ってもっと外へ踏み出さねばなりません。山登りでいえば下り坂を昇るということ。下り坂を下りるコツは、目線を足元に落とすこと。落した時に昇っている感覚を感じませんか。経済も成長ではなく、少し低レベルにソフトランディングしなければこの地球環境は耐えられないでしょう。経済という坂道を下るという発想で進んでいくべきだと思います。言葉足らずで判りにくかったと思いますが、いずれまた。今日は、これでお仕舞い。
人の生命 海の底から始まった 底まで降りてみようか   夢人

平成30年 正月日航雲の上
初日の出

2018年1月 下り坂を昇る(1)-コンプレックスを越える-

3年前の正月に、下り坂を昇るというフレーズが頭をよぎりました。
私は、18才の時に夢人会(むじんかい)という雑学の会を立ち上げました。この会の基本理念は、どん底思想でした。私は、受験戦争の走りに育ったので苦しくて辛くて仕方がありませんでした。私の地元に有名中学校が開校するというので、小学5年生から受験勉強をさせられました。週末は、その中学校専門の学習塾に通わされました。西日本を中心に全国から小学生が集まって来るのです。親御さんに連れられて土曜日の夜から泊まり掛けで、飛行機に乗って来ている子どもがほとんどでした。皆、精悍な顔立ちで頭が良さそうで、とても太刀打ち出来ないと思いました。毎週、毎週、午前と午後に行われる模擬試験も、ちんぷんかんぷんで全く歯が立ちません。これが私の抱いた最初の劣等コンプレックスになったようです。1クラスたった40人定員のところに、全国から何百人という子どもたちが、合格枠を目指して受験戦争するのですから堪ったものではありません。案の定、予想通り不合格。世界の長者番付の上位に君臨するIT関係の社長や、球団やTV局を買収しようとした人物(後に逮捕されましたが)も、この中学校の出身です。
劣等感で雁字搦めのコンプレックスの10代の私は辛くて、辛くて。その後のことは、記憶が飛んで定かではありませんが、地元の県立高校を卒業、そして医大に入学していました。特に医大の6年間は、あまり思い出したくない2度目のコンプレックスの土壌となりました。

18才の頃に立ち上げた夢人会の理念であるどん底思想は、2つの大きな劣等コンプレックスを乗り越えるために編み出した苦悶の考え方です。私が経験した受験戦争は勿論ですが、社会生活を送る時も同じ上位を維持しなくてはいけません。落第するわけにはいきません。落ちこぼれるわけにも、窓際族になるわけにはいけません。これが辛いのです。もう二度とそんな世界に立ち入りたくないと考えました。そして出した答えがどん底思想だったのです。
上にいるのは達成感があるでしょうが、維持する辛さがありますね。上を目指すのは充実感もあるでしょうが、苦しいですよね。私はいずれも経験しましたが、結局平凡な者では続きません。非凡な才もない私も疲れ果てて後退せざるを得ませんでした。しかし、落伍して落ちこぼれても一旦更に、スピードを落として野に下っても静かなる向上心を持っていれば、人生は捨てたものではありません。じっと底辺から上を見上げるのもまた違った醍醐味があるものです。競いのない底でゆったりと流れを楽しんでいた時に、私の頭に浮かんだのがナンバーワンよりオンリーワンというフレーズでした。私が、19才の頃でした。周囲の流れの中で競い合うのではなく、自分の独自の新しい流れをつくって自分のペースで向上していこうと思い直しました。
劣等は優越から生まれる 始めから競わぬがよろし  夢人

平成30年 元旦 穏やかな櫛田神社
櫛田神社

2017年12月 縁に生きる

縁と書いて、へりと読みます。
先日、母親から「お前はボーダーライン」と言われるという女性が来られました。確かに、急に泣き叫んだり物を投げたりするらしく、診断するとなればボーダーラインパーソナリティー障害になるのかもしれません。
楚楚(そそ)として上品で、私が助言すると全く反論もせず素直な彼女。きっと裕福な家柄の出自(しゅつじ:生まれ)であろうことは、想像に難くありませんでした。しかし、私が「あなたは、これから先どうしたいのですか」と聞くと、急に涙があふれてきて困惑されるのでした。私の助言には素直に呟かれるのですが、彼女の考えを聞くと困惑されるのです。そんな彼女が突然感情を吐き出し、泣き叫び、物を投げて錯乱するのです。挙句にはボーダーラインとののしられるのでした。
分かった。彼女は、やっぱりボーダーラインでしたね。お母さんの評価は正しかったんだねと。私は、彼女に告げました。そして、私の彼女に対する治療の方針が固まりました。彼女が突然パニック状態に陥って、錯乱状態に発展するメカニズムが見えたからでした。幼い時に両親は離婚して、母親の元で暮らすことになりました。母親は父親の役割も演じなければならなかったのでしょうか。
細々に渡って口やかましく躾られたのではないでしょうか。
彼女は母親に対して従順でした。母親の意のままに素直に育っていったように思われました。ところが、思春期を迎える頃から精神的な動揺が芽吹き始めました。音楽家を志していましたが、音楽大学も中退に追い込まれました。人間関係がうまくいきません。愛する彼からも別れを告げられました。不安になると幾度も彼を質問責めにします。泣きじゃくって、癇癪を起こします。手当たり次第に物を投げます。愛想を尽かされて別れを通告されました。

彼女は、良い子すぎました。不安になった時に甘えられませんでした。母親に対しては、不安な気持ちを出さず、甘えたい気持ちも押し殺しました。逆に彼氏に対しては、不安な気持ちを質問責めという形で解消しようとしました。しかし、その行為は彼にとっては重荷になってしまいました。そして関係は破綻しました。

難しい言葉で言えば、彼女の中には自我同一性が確立していません。自分というものが何なのか。自分は何のために生きているのかという課題に対する答えが得られずに不安になっていたのです。自分の中心がないのです。人はおぼろげながらにでも自分の中心らしきものを持っていれば、大きな嵐に見舞われることはないのです。
そうそう、治療方針ですが、私は彼女にこう告げたのです。「あなたらしさがあるようでないのよね。でも、今はそれでもいいのよ。だって人間って一生それが分からなくて、もがいてゆくものかもしれないのよね。僕だって分かっているような顔をしているけど、本当は分からないでもがいているんだよね。」すると彼女の流れる涙が止まって、じっと私のことを見つめるのよ。何か不安な雲が流れ去ってゆくように。そして診察の終わりの時間もきたので、こう伝えました。
「中心が見えなくたっていいと思うよ。見えない方がいいかもしれないよ。あなたのように縁で右往左往していると、隣の動きがよく分かっていざという時に正しい判断が出来るかもしれないね。ちょっと不安で苦しいかもしれないけどね」
さらに、「縁の外側に、あなたによく似た人があなたを支えてくれるかもしれないよ。今のこの瞬間も、僕にはあなたの苦しみが手に取るように分かった安堵感があるのよね。」彼女はきょとんとした表情で、でも私の発した言葉で自分の外側に自分の不安感が映し出されて、少し肩の荷が降りたような軽快感が流れていました。
緑をうろうろ 世界がよく見える 悲しいね 北の人たちは   夢人

平成29年11月 仏滅の日に
節分

2017年11月 手帳のスケジュール

先の(院長のつぶやき2017年11月)、うつ状態の初老の女性が来られた同じ日の夕刻、同じくうつ状態の若い女性患者さんがマスクを身にまとって来られました。マスクは風邪ではなくて、スッピンが理由でした。うつ状態ですから、憂鬱な気分で何事にも意欲が湧かないようでした。仕事を休んでおられるので、時間はいっぱいあるのに何もする気が起こらないと嘆かれます。「以前の私は、時間があればお友達と食事したり、旅行したりしていました。なのに・・・今は・・・」とうつむいてしまいます。私は「それは楽しかったのでしょうが、疲れませんか」と思わず聞いてしまいました。だって、以前の彼女は躁状態、そして今は、うつ状態。
私のなかに何故そんな連想が浮かんだのか理由があります。彼女は50歳くらいまでの私とよく似ていました。その頃までの私の手帳のスケジュール表は、予定がびっしりと書き込まれていて、真っ黒でのり弁状態でした。予定表の隙間があるとどうも落ち着かなくて、無理矢理にでも何か予定を捜し出して予定表を埋めつくしていましたね。
7年前に新橋に開業した今は、全く真逆で私の手帳は隙間だらけです。週4日しか開いていないクリニックも予約はまばらで、手帳は隙間だらけです。アフターファイブも、呑みに行く友人もいないので家呑みが多くなり、スケジュール表に書き込むほどのこともないので、予定は隙間だらけ。
さて、真っ黒なスケジュールと隙間だらけの予定表。振り返ってみれば、私も彼女と同じで、以前の私は躁状態、今の私は・・・。はて、意欲を無くした軽いうつ状態でしょうか。確かにそういう面もあるかもしれませんが、少なくとも今の方が私らしいのかもしれないなぁと思ったりもします。無駄なお金も遣わないし、無理な時間も遣わないでいい。周りの人たちには、一種の引き籠りの状態にうつるかもしれませんが、結構自分に合っているように思うようになりました。この引き籠り的な待ちの姿勢の方が、良い人と出会う確率が高いような気もするのです。今となって想えば、予定表の隙間を埋めることで生きる価値を見い出し、私のこころの隙間を埋めていたのかもしれません。隙間だらけのスケジュール表の余白から、何か見えない世界からの贈り物がやってくるのかもしれませんよ。
目新しい東京タワーに1000の文字 もうすぐ東京オリンピック もうすぐお正月  夢人

平成29年10月 小雨煙る芝公園駅
手帳

2017年10月 努力逆転の法則

努力逆転の法則
私は若い頃、教育畑にいる女性と、子供の教育と躾について大激論を交わしたことがあります。おそらく、今話してもお互いの意見が交わることはないでしょう。だって、子どもは自由に育てるべきだという私と、厳しく育てないから今みたいに非常識な行動をする子供になるという彼女。私も彼女も、何か意固地になっているところがあって、自由がいいか不自由がいいかという極端な立場で話したって、意見が一致するはずもないですよね。まるで与党と野党の国会論争みたい。重箱の隅をつつくようで頂けませんね。
努力は美徳といわれますね。私と同郷のタモリさんが「頑張る人とは一緒に仕事をしたくない」というような発言をされていたようですが、自然体が良いということでしょうかね。頑張るとどことなくぎすぎすしてきて、努力している姿にはどことなく悲壮感がありますよね。私は小さい頃から頑張って努力はしたような、努力させられたような気はします。だからでしょうか、いつの日からか頑張ることや努力することへの嫌悪感が強くなっていました。どちらがいいのかは今でもよくわかりませんが、ただひとつ言えることがあります。病気の治療においては、あまり努力しない方が良さそうです。難しい病気は、絶対に努力しない方が良いことが多そうです。努力すればするほど深みにはまって、ますます病気が悪くなってゆく人たちを診てきたからです。努力すればするほど病気の意識づけが強まるからでしょうね。やはり肩の力を抜いて、自然体で自分の奥に潜む治す力(自然治癒力)に身を任せた方がよさそうですよ。
努力は美徳 されど努力は悪徳 夢人

平成29年10月 中秋の満月
努力

2017年9月 自分を捨てる難しさ

道元禅師の言葉
 仏道をならうとは、自己をならうことである。
 自己をならうことは、自己を忘れることである。
 自己を忘れることは、万法に証せられることである。
 万法に証せられることは、己の心身をも他己の心身をも脱ぎ捨てることである。

道元禅師という偉いお坊さんは、幾多の名言を残されています。

 神(仏)を知ることは、自分を知ること。
 自分を知ることは、自分を捨てること。

果たして自分を捨てきることは出来るのでしょうか。
私は、過去に3度死のうと思ったことがあります。しかし、死にきれませんでした。自分を捨てきれなかったとも言えます。今はどうかと自分に問うても完全に自分を捨てきることはできないでしょう。死にきることもできないでしょう。
今、私のまわりに自分を捨てきろうとしている人がいます。凄いことです。難病を乗り越えようとしています。無尽蔵の力が湧き出しているのがよく分かります。奇蹟が起ころうとしています。
道元の教えを私より早く体得されているのです。
道元禅師

2017年8月 あなたは死の瞬間を見たことがありますか?

私は、医大の精神神経科の医局に入って間もなく、キューブラー・ロス女史(女医)の「死ぬ瞬間」という本を紹介された。精神分析学を学ぶためには必要だと先輩医師から言われたような気がする。私は、すぐにその本を購入した記憶があるが、今だに全てを読んでいない。しかし、死を宣告された者の心の動きは、彼女の本に語られている内容を(「死の受容のプロセス」(否認・怒り・取引・抑うつ・受容))読み取って今もなお連綿と私の中に刻まれている。
キューブラー・ロス女史の言葉から「彼女は2500人ほどの医師から臨終を宣告された後に息を吹き返した蘇生者にインタビューをした。そして蘇生者たちに、共通したものが3つあったと語っている。
第一は、意識と肉体との分離である。死んだ瞬間、自分の遺体を取り囲んで家族が泣き、医師が死を宣告している光景を蘇生者たちが、はっきり見ているのである。そして蘇生者たちは、この時、遠く離れた母親なら母親、我が子なら我が子という会いたい人のところにすぐに行くことができたと述べている。サンフランシスコの病院に横たわっているにもかかわらず、ニューヨークの我が子が何をしているか見えるのだ。
第二は、自分より先に死んだ肉親や愛した者が、そばに来て助けてくれようとしているのを、はっきり感じたという。言いかえるならば、愛した死者と再会できたというわけだ。
第三は、ロス自身の表現を借りるならば、「愛と慈愛にみちた光」に包まれ、その先の源の方向に行きたいと思ったが、その時、息を吹き返したという。
彼女が「今は、私はもうひとつの世界が我々の死後にあることを信じます」と言っているのは注目に価する。以来、彼女は、癌に犯されている子供たちに「ぼくたちは、どうなるの」と聞かれると「あなたはサナギのカラをここに残して、あの世で蝶になるのよ」と言えるようになったと告白している。」(遠藤周作:推薦図書より抜粋)
そして遠藤は、こう述べている。「もしあなたの肉親や知人が癌に犯され、苦しんでおられる人がいたならば、死によって肉体と共に我々の意識も消滅するのではなく、意識は、昇華されて新しい別の世界に行くことをキューブラー・ロスが語っていると話して頂きたい。我々に先だって死んだ愛する者、母や妻や子供と死によって再会できるという希望は、何よりもその家族関係を大切にする日本人にとって大きな悦びとなるはずだ。」
やはり、キューブラー・ロスは凄すぎる。それに勝るとも劣らず遠藤も凄い。
キューブラー・ロス

2017年8月 梅干の効用(?)

梅干しは体に良いと言われていますが、どうして良いのかがよく分かっていません。酸っぱいから良いとか、酸っぱいので唾液がよく出るので良いとか言われていますね。
私は違った角度から梅干のことを考えました。そして結論として、梅干は酸っぱくて唾液がいっぱい出るので体に良いということです。唾液の中には唾液アミラーゼ(プチアリン)という炭水化物(デンプン)分解酵素が含まれていますが、この唾液はアルカリ性の液体です。この強いアルカリ性の液体が食道を通って胃の中の胃液(強い酸性の液体)に出会うことで起こる反応が、体に良いのではないかと考えています。
皆さん、よく噛んでいっぱい唾液を出しましょう。これだけでは不充分です。出来るだけ長く口の中に留めておくと、その効果は高まりますよ。
梅干し