院長のつぶやき

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2019年6月 洗脳

あじさい 布教目的の宗教活動やネットワーク・ビジネスにおける口コミ商法(マルチ・レベル・マーケティング)などでは、良いも悪いも洗脳というものが大きく影響しています。洗脳とは、相手を完全に支配するという目的で使われます。暴力的な行為や言葉によって相手の精神的な部分を、崩壊させると同時に自分の思う通りの行動、思考を持たせることを言います。

思い出すのは、1986年6月18日、当時豊田商事の会長だった永野一男氏が、マスコミの目の前で殺害された豊田商事事件。これは、金の地金を販売して多額の現金を集めたことで、購入者の怨みをかったものでした。そこには金が儲かるという、ある種の洗脳が口コミ商法被害を拡大させて、殺人事件に発展したものでした。また、1995年3月20日、当時オウム真理教と名乗る信仰宗教団体が引き起こした地下鉄サリン事件。この団体を主宰する松本智津夫(別名:麻原彰晃)が、高学歴のインテリの若者たちを巧みな諭しで洗脳した大量殺人テロ事件でした。当時、「ポア」という言葉も世の中を席巻しましたね。こうした事件もあって、洗脳という言葉を多くの人が耳にするようになりました。暴力的な行為や言葉によって相手の精神を崩壊させ、自分の意のままに相手を操るのですから非道な行いです。この世の中に完全だというものは存在しないのですから、洗脳する者と洗脳される者との間には、独特の人間関係が出来上がっているはずです。ある種の自己中心的な野望と欲望がぴったりと重なり合ってしまったのでしょうね。

そういうことを前提にして、私が身を置く医学の世界を見渡してみましょう。こういう衝撃的なことがありました。2011年2月21日、武田薬品は、消炎酵素剤「ダーゼン錠」(一般名:セラペプターゼ)を自主回収すると発表しました。当時40年以上前から消炎剤として炎症を抑える効果があると宣伝してきたものです。私たちは、疑いもなく使い続けていたので、当時もの凄い衝撃を受けました。それまで気管支炎などの炎症がある多くの患者さん方に何の疑いもなく処方していました。最初に私の頭によぎったのは「患者さんに何て言おうか」「嘘だったのか」「騙された」などでした。そして、「これからどうしよう」でした。私の知る限りでも、この「ダーゼン錠」だけでなく、他にもいくつかの薬剤は効果ありと検証されて発売され、何年も何十年も処方されてきました。それがある日、効果が検証できないと発売中止や適応から外されたものがあります。一旦検証されてYESと確認されているのに、ある時、NOと判断が覆されるのです。何と危うい世界なのでしょうか。

データー捏造や過剰接待が問題になって、今ではあまり目にしなくなりましたが、反省の意味も込めて暴露(?)します。私が医者になりたての頃、大学病院や医療機関には診療が終わる夕刻、ひどい場合には午前中から多くの製薬会社の多くのプロパー(薬の宣伝をする製薬会社の社員、現在はMR(medical representative)と呼ばれています。)が、群れをなして押し寄せてきます。プロパーであるかどうかはすぐに分かります。独特の雰囲気があります。中には超ミニスカートを穿いた美人さんを送り込んでくる製薬会社もあります。教授先生や医師たちと事前に予約を取って薬の説明をします。ボールペンやティッシュペーパー多くの場合は、手土産にケーキやシュークリームなどを持参して来ます。ひとしきりの説明が終わると、同伴で夜の街にくりだすことは日常茶飯時です。今は、違いますよ。そういうことは、厳しく制限されています。風邪をひいて鼻水がしたたり落ちて困っていても、ティッシュペーパーさえ手渡すことはできないのです。裏でこっそり上手にされているのであれば、私は知りませんが。こんな調子で私たちは、新発売の薬はよく効くと宣伝されます。ある医療機関では、教授や病院長、いわゆるボス(管理責任者)が、鶴の一声で特定メーカーの特定薬物の処方を言明することも多いものです。私のような若輩者は、素直に従うしかないのです。こうした環境は、教育、指導の名の元の洗脳と呼べるのかもしれません。良い洗脳であればいいのですが、「誤っていた。すまん」では、すまされません。「この薬は効かなかった。ゴメン」では、たまりませんよね。混乱し、行先不透明な日本にも昏迷する世の中を明るく照らす良き洗脳者が現れることを祈るばかりです。

雨音の調べ 救済主の降臨 洗脳されてみたい 夢人

令和元年 梅雨入りの芝浦埠頭

2019年5月 忘れることの大切さ

令和 「眠れない」と不眠に悩む人が多いのには驚きます。私は、年に何日か寝つきが悪いと感じることがありますが、それでもいつの間にか眠りについています。不眠に悩む人は、そうした寝つきが悪くていつの間にか朝を迎えてしまうのです。それも毎日、毎晩そうなのです。そうした不眠症の人たちには、いくつかの特徴があります。いくつかではいけませんので一つだけに絞れば、その日一日の起承転結の「結」が曖昧になっていることです。悩みがある時には「結」は訪れません。だって、悩みとは答えが見つからない状態のことですよね。答えがないとは「結」がないということです。「結」がなければ、眠りは訪れません。答えがないことを悩みというのなら、それを止めればいいのです。止めてしまえば「結」が訪れるのです。そして眠りが訪れるのです。不眠症の人は、それが出来ない人です。不眠で悩んでいる多くの人は、こう言われます。「先生は、悩みを止めなさいと言われますが、それが出来ないから悩むんです」って、どうですか。この光景を想像してみて下さい。まさしく禅問答でしょう。悩むことを止められない人は、悩みに執着しています。いくら諭しても悩みの世界から脱出できないのです。ご本人は、分からないのですが、悩むことが大好きな人です。好きならば止められませんよね。睡眠導入剤は、その悩む力を弱めてくれるので強制的に「結」に辿り着いて眠りを迎えます。不眠症で悩む人は薬が手離せません。悩みを止めれば薬は必要ありません。さて、薬を止めるためには、どうしたらいいでしょうか。悩みを止めるためにはどうしましょうかね。
「ヒツジが一匹、ヒツジが二匹…」。これは、いいですね。「綾瀬はるかさんは僕の恋人、いや長澤まさみさんにしようかな…」云々。いいじゃないですか。おまじないでもいいし、妄想したっていいじゃないですか。一瞬でも悩みを忘れて無為な時間を過ごしたり、快楽に浸ることが出来るのならば、これ以上の至福の時はないでしょう。眠りがいいと翌朝の目醒めも爽やかで、知らないうちに悩みが悩みでなくなっていることもあるものです。本当ですよ。眠りとは昼の光の世界が幕を降ろして、夜の闇の世界が幕開くことです。昼と夜の世界がきちんとバトン渡しが出来て、始めて一日が完結されます。だからこそ、昼の世界の起承転結がきちんとなされていなければならないのです。悔んだり、悩みを引きずっていては「結」は訪れません。一日のケジメをきちんとしなければいけません。完璧な「結」を迎えるためには、厭なことは忘れ、重たい荷物は降ろして捨て去ることです。

忘れて 捨てて 平成から令和

上皇陛下 美智子上皇后 ご立派   夢人

令和元年5月1日 富士の高嶺 見ゆ

2019年2月 白目をむく

花 医業に携わるようになって40年近くの時が流れましたが、いつの日にも不思議な現象を目の当りにします。医者に成り立ての頃、10才代後半の少女を受け持つ機会がありました。その子は、スレンダーな女の子で国民的美少女コンテストに出場したら、優勝するのではないだろうかと思うほどの素敵な女性でした。当時、私には彼女がいましたが、一目見た瞬間からその女の子に惹かれていきました。ところが局面は一転していきました。その子は、どんな治療をしても発作が治まらない難治性てんかんの状態でした。私が毎日ベッドサイドに赴いて診察を始めると、すぐにてんかん発作が起こって全身を痙攣させた後、意識がなくなりベッド上に倒れ込むのです。日によって違いますが、小一時間ほど意識は戻りません。当然、彼女は何も覚えていません。てんかん発作は、脳の活動を調べる脳波検査で確定診断をつけますが、もれなく彼女の脳波にも異常波が顕著にみられていました。よって、てんかん発作という診断は間違いないものでした。ただ、頭部CT検査では、何の異常もありませんでした。彼女を連れて来た母親から、これまでの詳しい情報を聴きました。この母親が、また稀に見る美人さんで、醸し出される気品から裕福な家柄のようでした。
さて、話は戻って、彼女のこと。母親の話によると、てんかん発作は3才の頃から始まったようです。以来、ずっと発作は治まらずに現在に至っていました。いかなる治療も、どんな薬も全く効かなかったと言うのです。私は、他にも受け持ちの患者さんが沢山いましたが、その当時は診療時間のほとんどが、彼女の対応に費やされ、振り回されていました。一時期は、夜中に呼び出されることも少なくありませんでした。当時の私は、彼女と過ごす時間が大半を占めていました。親子のように、兄弟のように、恋人同士のように、夫婦のように。しかし、明確な治療法も見出せない閉塞状況は私を、医療スタッフを疲れさせ、苛立たせていきました。ある日、私に転勤の命が下され、彼女と別れの時を迎えることになりました。私から彼女に告げる前に他の患者さんたちから、私の転勤の話が彼女にも伝わっていたようでした。ところがこの時、誰もが想像だにしない光景が広がっていきました。彼女の発作が、ぴったりと止まったのです。ドラマのような光景でした。後に、別なてんかんの患者さんで、同じような経過を辿ったケースを経験したことがあります。

さて、彼女のことをまとめてみましょう。彼女のご両親は、経済的にとても豊かでした。ところが、夫婦仲は悪く、彼女が幼い頃に家庭内別居状態が長く続いて、挙句の果てには本当の別居に至っています。一人っ子の彼女は、愛情に飢えていたようです。2才頃に初めて熱性痙攣という熱が出ると痙攣を起こす発作を体験していました。この時の体験と感覚が彼女にとっては、大きかったのでないかと思います。痙攣を起こすと母親が心配して、しっかりと抱きしめてくれていたことでしょう。母親は、夫に好き放題に扱われて疎遠になって淋しかったのでしょう。だからこそ発作を起こすたびに、彼女は母親の腕の中で安らかな時間を過ごすことができたのではないかと思います。今でもこの二人は、同じような関係にあるように思います。痙攣を起こして意識をなくした我が子を抱いている時は、心配ではあったでしょうが母親は、ある種の安堵感を感じていたのではないでしょうか。平気で我が子を虐待したり、捨てたりする、最近話題になっている現象とは全く逆の世界です。私は昔、熊本で就学指導委員をしていました。小学校に上がる子どもたちの適性を判断して教育委員会や、親御さんに指導する仕事です。当時は、同じような光景を幾度も見てきました。それは、知的レベルで境界領域にある子どもを普通学級に入れるか、仲良し学級に入れるかを決める場面です。私たちは、相当迷います。でも決めなければなりません。そんな時の親御さんの反応は、大きく3つに分かれます。どうしても普通学級に入れろという方々、片や是か非でも仲良し学級に入れてくれという方々、そして、どちらでもいいとか、意見を言わず委員会に任せますというお母さん。最後の事なかれ主義や、他人任せともとれるグループの方々を除いた二つに分かれた親御さんには、特殊な印象があります。子どもの将来を思う愛情の名の元に、強く固着した親の歪んだ愛情が潜んでいることです。子どもの将来と言ってはいますが、果たしてそれだけではないと思うのです。世間体や見栄や虚栄心を強く感じるのでした。彼女の母親にも同じような感覚を覚えました。そこで私は、彼女のてんかん発作をヒステリー性てんかん発作だと最終的に診断しました。心理的な要因で起こってくるてんかん発作です。親と子の未成熟な愛情欲求、歪んだ親子関係を築き上げることで、こうしたてんかん発作を生み出していたのです。抗てんかん剤などで治るはずもありません。難治性てんかんと言われる人たちの中には、そうした複雑な心理規制が絡んでいることが多いと考えています。稀にみる美貌の彼女は、発作の時に必ず白目をむきます。泡を吹きます。美しさとは似つかわしくない全く逆の光景が、その瞬間に映し出されるのです。そして次の瞬に何かがリセットされているようです。意識が戻った彼女は、元の魅力的な美少女に戻ります。今、はっきりと断言できることは、私の彼女に抱いた恋心が、彼女の長年かけて築き上げてきたヒステリー性てんかんの世界に引き込んで行き、そして私も同じく引き込まれて行ったのでした。その時に彼女は、てんかん発作という病的な世界の中で至福の時を迎えているのでしょう。白目をむくと何か別世界を体験出来るのかもしれませんね。

漆黒の闇 白目をむけば 2019年5月1日 天皇即位だ  夢人

平成31年2月23日 浩宮皇太子の誕生日に

2018年12月 疫病神な人

街を歩いていると通りすがりの人に、すれちがった瞬間嫌な感覚が走ることがあります。たまに殺気さえ感じることもあります。そんな人は、間違いなく相性が悪い人です。そんな人が近くに来るようなことがあれば、深入りしないのが得策ですね。強いバリアを張って侵入を防ぎましょう。こういう人を俗に疫病神と言うのかもしれません。そんな人の周囲では、必ず何かトラブルが起こるのですね。皆さんの学校や職場にそんな人はいませんか?
疫病神の反対は福の神です。西洋流にいえば幸運の女神になるでしょう。
クリスマスツリー 最近、「私は、疫病神だから皆さんに迷惑をかけるので」などと言って、私の元を去ってもらった女性がいました。小さい頃から大病を患って手術をしたり、いわれのない身内の借金を抱え込んだりして、とても可哀想なのです。次から次へ病気や事故や災難に見舞われるのです。性格的な偏重はあるものの人間的には大きな問題もないのにです。摩訶不思議な現象です。長年つき合ってきて私は、こうした流れをどうにか止めたいと思って、いろいろな角度から治療法はないものか考えてきました。思い当たるところがいくつかあったので、すぐさま手当を始めました。しかし、いずれも後少しというところにくると治療の流れが止まったり、はたまた逆行したりして行く手を阻まれるのです。面白いように判で押したように失敗するのです。短期の目標や約束、さらに中長期的な目標や約束をしていても叶わないのです。あまりにも同じことが繰り返されるので、これまで何度も治療を放棄したり関係を絶ったりしていました。それでもしばらくすると、また関係が復活するのですから、これまた不思議な縁ですね。腐れ縁でしょうか。何かが引き合い、何かが反発し合う関係で最終的に完全に融合することが叶わない関係といいましょうか。自然界とはそういうものかもしれません。物質と物質、個と個は最終段階では解け込んで同一のものにはなれずに、永遠に個として存在して生き続けているのかもしれません。そしてまた、別れて離れてそれぞれの道を歩むことになりました。もう二度と関係と治療の再開は訪れないでしょう。新たな離合集散は訪れないでしょう。今に思えば鳥合集散だったのかもしれませんが。
彼女が言う疫病神とは、その人自身に、その人の周りに不幸なことや厭なことを引き寄せてくる現象を指すのでしょう。そして、それはその人が、その人の周りが呼び寄せ、引き寄せたのかもしれません。

私は今でも信じて疑わないのですが、不幸で不運続きのこの疫病神的現象には、実はもっと深い意味が隠されていると思います。この世に意味のない現象は、あるわけないのですから。人の幸せを奪い取るだけの悪魔や悪神、サターンなどとは、どこか違った側面があるような気がします。守護神(守護霊)や指導神(指導霊)といわれるような側面はないのでしょうか。そうであれば、福の神が変形したバージョンである可能性があるのです。何度も繰り返される不運、度重なる病気に事故。多くの人は、こうした疫病神的な現象には、?触らぬ神に祟りなし″と忠告することでしょう。でも私は、あまのじゃくな人間だから、そうした忠告には反抗したくなるのです。
祟り神(たたりがみ)というのは、怖がられ拒絶されるものですが、手厚く祀りあげることで強力な守護神として変貌するものだと考えたいのです。これこそが鎮魂の医療。

別れを告げた彼女もそうですが、私のクリニックを訪れる病気や不幸を嘆く人たちを捨て置くことが出来ないのです。もちろん私は、福の神に守られていたいと思います。でも私は逆神にも憧れます。?触らぬ神に祟りなし″の諭しは、充分理解しています。でもあえて不幸の中に入って行ける?火中の栗を拾う″ような人間でもありたいと思うのです。逆神という言葉はないと思いますが、逆進する人生でもありたいと思います。前に前に進むのも人生でしょう。しかし、病気や事故や災難は、前に進んできた結果、起こってきたものがほとんどではないでしょうか。もうそろそろ立ち止まり、時には後戻りすることも必要だと思います。これこそ、後ろに進む医療。アンチエイジングや幹細胞医療などがもてはやされている本当の意味は、そこにあるのではないでしょうかね。
疫病 祟り めざせ 逆神の癒し 後ろに進め    夢人

平成30年12月 クリぼっちのX'mas
松永ひろき院長
クリスマスツリー

2018年10月 見ザル、聞かザル、言わザル

皆さんもご存知のように、栃木県日光市の久能山には徳川家康が祭られた日光東照宮という神社があります。祭神は、徳川家康を主神とし、源頼朝、豊臣秀吉を配祀(はいし)としています。その境内の中に神馬(しんめ)が休む神厩舎(しんきゅうしゃ)と呼ばれる馬小屋の屋根の下の壁面に彫られているのが、三猿です。その他の壁面の猿を合わせると合計8つの彫刻があります。これは猿の一生を通じて、人間としての正しい生き方を示していると言われています。インターネット情報によると、「親猿が子猿の今後の将来(人生)を見つめる様子」【赤子の時期】子猿は、親猿を心の拠り所として、親猿を下から熱い眼差しで見つめています。親猿の目線の先には、「びわの実」と「たなびく雲」があります。これは、子猿の未来が明るいことが表現されています。
そして、「見ざる、聞かざる、言わざる」の?三猿″【幼少の時期】これが有名な三猿です。小さ頃は、何にでも興味が湧くから悪事を見たり、悪事を聞いたり、悪事を言ったりせずに良い事だけを受け入れて、素直な心で育っていくように、という意味が込められていると言われています。次が、「座っている姿の猿」【青年の時期】座っているか、立ちそうな猿の姿が描かれています。これは、これから独り立ちしようとしている猿の姿です。大きな志を抱いて「天を仰いでいる様子の猿」【大人の時期】青い雲が「青雲の志」を暗示しています。「青雲の志」とは、将来立派な人物になろうとする大きな志のことです。人生における最大の悩みを抱え込み「下を見ている猿」【大人の時期・仕事で悩む】挫折を味わっている猿を仲間の猿達が励ましている様子です。「物重いにふける猿」【大人の時期・恋に落ちた猿】オスとメスの猿が恋に悩んでいる様子です。
「ついに恋が成熟して結婚した猿」【大人の時期・人生のパートナーを得る】これから夫婦で力を合わせて、人生の荒波に立ち向かっていこうという姿が描かれています。青い波も見られます。「身ごもってお腹が大きくなった母親」【大人の時期・結婚後・子どもができる】恋を実らせ、やがて母親になり子どもが同様の人生を歩む、つまり、この彫刻のシーンは、最初の親子の猿に繋がり人生が繰り返されるという、まさしく人生航路ですね。お猿さんの一生と私たち人間の一生はよく似ています。私たちが幸せに生きていくための秘訣は、徳川家康が愛して家訓とした、この三猿のワンシーンに凝縮されていたんです。だから、徳川幕府が家康から第15代将軍慶喜まで250年以上も続いたひとつの大きな理由ではないかと思うのです。家康の家訓であるこの三猿の教えは大きかったのではないかと思います。
?見ザル、聞かザル、言わザル″は、〝悪事を見ない、悪事を聞かない、悪事を言わない″ことで立派な人間に育てたいという意味だと思います。
さて今日、私が申し上げたいことは別の意味があります。私たちが苦しんだり、悩んだりするのは、目や耳から入ってくる情報が主な原因だからです。五覚から入ってくる情報は、私たちの脳を刺激して新しい私たちへと進化させてくれます。進化という成長です。ところが、この成長が私たちを苦しめる思わぬ障害となってしまうのです。さらにもうひとつ厄介なことがあります。教育です。これからも両刃の剣になってしまうのです。
東照宮 熱さや痛みの感じ方は、人それぞれ違います。39度のお風呂を熱いと感じる人がいたかと思えば、43度でも熱いと感じない人もいます。これは幼少期の体験で決まってきます。子どもが39度のお湯を触って、お母さんが「熱っちっち」と教えたら、その子どもは39度のお湯は熱いという聴覚と統合されて、熱いという記憶が脳に刻まれてしまうのです。
五感覚というものは、私たちを成長させてくれます。豊かで幸せな生活の知恵をもたらしてくれます。熱さの感覚がなくなると火傷しますね。痛みがわからなくなると、大怪我に繋がりかねません。
しかし、この世の中は、常に表と裏があって成り立っています。熱さに敏感になりすぎると猫舌になって、温かいものが苦手になります。痛みに敏感になると周囲が恐くなり、動きがぎこちなくなっておどおどしてしまいます。

知覚の過敏には注意が必要です。何か過去に原因があるのです。早急に修正が必要です。アトピー性皮膚炎も知覚の過敏であり、何らかの体の警告信号です。知覚の過敏を繰り返して過剰になると、重篤な結末が待っているように思います。知覚の鈍麻から知覚の停止です。アレルギー性皮膚炎などは、知覚の過敏から引き起こされた免疫の過剰状態だと思います。知覚の過敏は免疫の過剰を生み出し、知覚の鈍麻から停止に、そして免疫の低下から停止へと発展します。今、難攻不落と考えられている癌(ガン)は、そうした過程から生み出されていると思えてならないのです。五つの感覚は、薬にも毒にもなります。知覚の停止、免疫の停止になる前に早目の対処が必要だと思います。詳しくは《五感を殺す》をご一読下されば幸いです。
しびれ痛みは健康の内 麻痺がくれば一巻の終わり   夢人

平成30年10月 季節はずれの真夏日
三猿
東照宮

2018年10月 相性が悪い人とのつき合い方

三猿 私の知り合いの女性から今朝、こんなLINEが入ってきました。「前の職場からのつき合いで数年来の友人が結婚します。ご両家の両親が顔合わせをするので自分も同席を頼まれました。」彼女は、友人が結婚したいので誰かいい人はいないかと頼まれて友人の男性を紹介し、めでたく結婚が決まったらしいのです。彼女は、親友の女性の願いを叶えて見知らぬ男を引き合わせて、結婚という人生最大の契りまで誘導した愛のキューピットなのです。麗しい三角関係ですね。私には、それほどまでに深い友人関係が築けないので、羨ましい友交関係だと思います。
一方、どこに行っても、誰とでも上手な友交関係を築けない人がいます。友人がいない私も、つくろうとしない私も、その一人かもしれませんね。誰とでも仲良くなって、うまくつき合っていける人にとっては、問題にもならないのでしょうが、私をはじめ人とのつき合いが苦手な人にとっては、一番の障害になるのが相性になると思います。
さて、相性が悪い人とどうしてもつき合っていかねばならない時に、どう考えどう接していったらいいのでしょうか。同じ職場に相性が悪い人がいて、毎日顔を突き合わせなければならないことってありますよね。大抵自分が、相性が悪いと感じていると、それが伝わって相手も同じように相性が悪いと感じていることが多いものです。お互いにとって不快で不幸なことですよね。
私は、相性が悪い人とは、おつき合いをしないようにしています。顔も見たくないわけですから、顔を見なくてすむよう自分の視界に、入らないような距離をとればいいことです。しかし、そうもいかない場合もあります。そんな時には、相手に何かを求めないことです。期待しないことです。自分の価値判断で相手を見ないことです。
私は、お蕎麦やラーメンを食べる時には、できるだけ音をたてないようにすすります。口のまわりや洋服にツユが飛ぶからです。音をたてると下品に感じていたからです。小さい頃、物を食べながらしゃべったり、騒いだりすると叱られていました。お寺にいた頃も汁物は、音をたてずに呑みなさいと師匠も常々言っていました。総じて、食事中は静かにするものだという考えが身についていました。楽しい食卓といった考え方は、ほとんどありませんでしたからね。さて、お蕎麦は音を立てて食べる人がいます。音を立ててすするのが常識で、礼儀だと考えている人もいます。どちらにしても結論はでないようです。何が正しいのかということは、言えないようです。
<人は人、私は私>でいいのではないでしょうか。<私は、左足からパンツを穿く、君は、右足からなのね>で、いいのではないでしょうか。何事にも拘らないこと。相手に押しつけないこと。人それぞれ。

この道を進もう あの道を歩こう それでいいのだ   夢人

平成30年10月 初秋の芝公園

2018年5月 氏より育ち

紫陽花 1953年にワトソンとクリックが、遺伝子DNAが二重らせん構造をしていることを提唱して以来、急速に遺伝子の解析がなされました。遺伝子DNAは、遺伝情報を荷っており、この遺伝情報によって私たちの生命は支えられていると考えられています。以来この分野は、めざましい進化を遂げて遺伝子組み換え食品や遺伝子治療などへと応用されています。2013年5月、アメリカを代表する女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが「ガンを予防するために両乳房を切除した」という衝撃的なニュースが飛び込んできて、全世界が驚かされました。彼女の場合、BRCAIという遺伝子に変異が見つかり、その結果、生涯で乳がんを発症するリスクが87%あるとの診断を受けたからでした。
私は15才の頃、仏門の師匠から「氏より育ち」という言葉を初めて聞かされました。当時、学校が休みになると、お寺に向わねばなりませんでした。それが嫌で、嫌で、たまりませんでした。友達と遊びたいし、夏休みとなればプールにも行きたかったのです。でも決まってお寺から電話が入り、すぐにお寺に登らねばなりませんでした。面と向かって叱られることはありませんでしたが、ある日、本堂でのお勤めが終わって皆それぞれの持ち場に移動する時に呼び止められました。そして、師匠が私に向かってこう言われるのです。「松永君、お百姓仕事は嫌いですか?いつもお米を持って来てくれてありがとう」その頃、私の家は農家でしたので、お寺にあがる時は必ず採れた30㎏のお米を持参していました。「お百姓さんの仕事は、大変ですが大切なことですよ」師匠は、私の心の中を見抜いていらっしゃいました。泥だらけになって朝から晩まで田んぼで汗まみれになる百姓は大嫌いでした。でも、師匠のその言葉を聞いて少し目頭が熱くなりました。そして続けてこう言われました。「お百姓をしているからといって貴男が継ぐ必要はないのです。貴方はお医者をめざしているのでしょう。お百姓の家で育ったお医者になればいいのです。土の匂いのする医療をやったらいいのよ。お百姓育ちでも立派なお医者様になれるのよ」その時は、小さい頃に母親から買い与えられていた野口英世の童話が頭をよぎっていました。
「氏より育ちです」「貴男は、お寺に来るのが嫌でたまらないのよね。でも、頑張って来てみなさい。信心など深くなくても、分からなくてもいいのです。このお寺の中で暮らすことが大切なのです」「念仏は、南無阿弥陀仏でも南無妙法蓮華経でもいいです。あなたが好きなものを唱えればいいです」と、おっしゃいます。「氏より育ち」というものが何となくぼんやりと観えてきたように思いました。
世の中は今、こぞって遺伝子DNAやRNAに向かっています。そうした流れを否定する気持ちはさらさらありません。でも、私には合いません。だって百姓育ちだから。これってもしかしてコンプレックス?劣等コンプレックスなのかもしれません。それでもいいのです。何と酷評されたっていいのです。百姓育ちで、仏門時代を経て辿り着いた医者。この流れに貫かれてきた遺伝子DNAは、不変なものだったのだろうか。飛ぶ鳥を落とす勢いの現代遺伝学では不変なものだと断定するのだろう。でも私は、そうは考えません。遺伝子は、大事なものでしょうか。やはり育ちという環境の方がもっと大事なものだと思うのです。遺伝(氏)より環境(育ち)です。環境を整えれば、真念を間違わなければ必ず華は咲くと信じています。エピジェネティクス、これは遺伝子に影響を与えるもの。私は、遺伝子を支配するものに注目して今、診療を続けています。

『氏より育ち』 これが最初の座右の銘   夢人

平成30年5月 雲間から龍神

2018年5月 自分らしい生き方をしたいと言う女

私は何のために生まれてきて、何のために生きているのかということを考えることがあります。それは10代思春期の頃からの習性でした。しかし、今だにはっきりとした答えにはたどり着いていません。でもこの課題は、私だけではなく人類の永遠のテーマではないでしょうか。だから、人生とは生きることの意味を問い続ける旅路なのかもしれないと思うのです。
先日、長年付き合いのあった女性が自分らしい生き方をしたいと言い出しました。かれこれ彼女とは40年以上の月日が流れていました。長い年月の間に私たちには考え方の違いやズレも生じていたのでしょう。私は、すぐさま関係の修正、そして別れを予感しました。私と彼女とは異性の関係でもありますから、男と女の関係があったかどうかは皆さん方のご想像にお任せ致します。最近話題にもなっていますが、同じホテルの一室に泊まって「朝まで仕事の打ち合わせをしていた」とか「一線は越えていない」とか、ありましたよね。パジャマ姿で仕事の打ち合わせですか、いいですね。
私は、ひとつの結論を彼女に伝えました。私たちには共通の仕事もありましたが、一旦全ての関係を清算するという提案でした。彼女は、快く受け入れてすっきりした様子でした。彼女も同じように思っていたのでしょう。私もこれまで言い出せなかったことを洗いざらい伝えました。彼女の性格的なことも、生い立ちからくるものもすべて話しましたので、私もすっきりした気分になりました。心に秘めたことをさらけ出した結果のエクスタシー(恍惚感)なのかもしれません。お互いの中にうっ憤していたものが、共鳴して表に出てきただけのもの。今回の出来事は、たまたま彼女が先に表に出しただけで、私の中にもその要素は十分に蓄積されていたのかもしれません。倦怠期といってもいいのかもしれません。
さて、彼女が語る自分らしく生きたいという願いは、同時に私の中にある課題を触発しました。果たして『お前にとって自分らしく生きるとは何ぞや』と考えさせられました。
自分らしく生きると言うからには、その背景に自分の気持ちを押し殺して不本意な時を過ごしてきたという悔やみの歴史があるはずです。自分らしさを出せずに長い時間が経過してきた人間関係においては、何かのきっかけから関係を絶つ気持ちが芽生え、そして関係の破綻、すなわち離別へと向かうようです。最近増えつつある熟年離婚も同じような成り立ちなのでしょう。問題は、私もはっきりとした答えが出ないでいる、自分らしく生きるとは、どう生きることなのでしょうか。彼女は本来の自分に戻りたいと言っていました。本来の自分とはいったいどのような自分なのでしょうか。果たして本来の自分というものが存在するのでしょうか。過去において存在していたのでしょうか。自分らしく生きたいとか、本来の自分に戻りたいとか語る彼女の心の中には、明確なイメージやビジョンがないのではないかと心配するのです。その場の重苦しい雰囲気から逃れたいだけの付け焼き場の判断ではなかったのかと心配になるのです。長きに渡って関係を続けてきた人だから、彼女の今後の余生がとても心配なのです。けして逃げては駄目だよ。ひっそりと老後を送りたいというのなら大賛成だけど、後ろ向きで受身の人生ではなく、ひっそりと暮らすにしても前向きな生き方はできるはずだからね。今からが豊かな終活の時間であって望しいと思います。
さて、私が今考えている自分らしく生きるということですが、一言で言えば、今からやること、また今後やりたいと思うことが本当にやりたいと思っているのかを問い掛けて生きることだと思います。昼ご飯を決める時に親子丼を食べたいと思います。その時にカツ丼も食べたいという自分がいた時には、もう一度考え直す必要があります。私は若い頃、熊本県の水俣市で市民活動をやっていました。精神科医で精神障害者の治療に携わっていましたし、公害水俣病が問題になっていたこともあって活動の中心に福祉を掲げていました。しかし、行政の掌返しにあったとはいえ、結果としてうまくいきませんでした。それは、私の中に最後の最後までやり抜くという強い信念が足りなかったことが原因しています。根気が続かなかったのは、私の中で福祉活動が本当にやりたかったことではなかったからです。親子丼も食べたいけどカツ丼も捨てがたいといったふうに欲張りで、かつ優柔不断な気持ちがあったからです。
自分らしく生きるとは、自分が本当にやりたいことを末永く継続できるものでなければ本当の自分らしさとは違うと思います。寝て暮らしたいと思えば三日三晩一心不乱に寝続ければいいのです。目が醒めて起き出して映画を観たいと思えばそうすればいいのです。世間は、いい加減だと言うかもしれませんが、私はそれでいいと思います。今一番したいことをやることの大切さ。一点の濁りがない清々しさ。だから私は、彼女の決断の時にその濁りがなかったのかどうかを聞いてみたいのです。今自分が一番したいこと、肩を張ることなく末永くやり続けられると思うことをやり続けて行くこと。それが途中で違う方向に進んでもそれはそれでいいのです。自分の人生だから。

一秒一瞬 全身全霊 一歩 一歩  夢人

平成30年5月 雨降る博多どんた
博多どんたく
博多どんたく2

2018年4月 素直さのすごい力

素直 あらためて素直さって大事だと思います。但し、いくつかの条件があります。何でも自分の心の向くままに自分を出せばいいというわけではありません。欲望が深く執着心が強くてはいけません。淀みがなく、そよ風のような清楚で楚々とした雰囲気で立ち振る舞う女性には心が惹かれます。男性の中にも極わずかいて憧れます。
先日も久しぶりにそんな一面を持った患者さんが来られて、私も俄然、治療意欲が湧いたものです。一般内科の診察でも精神科や心療内科の心理面接でも、そうした現象は起こるものです。患者さんが訴えられる苦悩を聴くか聴かないうち自然に癒しの言葉や具体的な治療方法が、頭の中に浮かんで口から出てくるのです。不思議なんですね。こんな現象を専門的には、フィード・フォワードと呼ぶのかもしれません。AはB、BはCといった物質還元主義ではなくて、AもBもCも関係し合っているのですね。
私たちの体や心にも同じ現象が起こっています。しかし、50歩引いても西洋科学ではAはB、BはC、CはAと単独で直接的な考え方しかできないことが、西洋医科学の発展を妨げ混乱と閉塞に陥っているのではないでしょうか。生命科学においては、フィード・バックやフィード・フォワードといった複雑な動きがあって、私たち生命は維持されている事実を知らなければいけません。
さて、素直さに戻りましょう。
それでは何故、患者さんの中から素直さが出て来ると治療者である私の中に治療意欲が出て来たのでしょうか。それはきっと私の中の素直さに火がついたからだと思います。これぞ素直さの同調であり、素直さの増幅と呼べるのではないでしょうか。相手が拒否的であれば私も拒否的になり、相手が猜疑的であれば、それに私も同調するように猜疑的な構えになるのです。
親子関係や恋愛関係、通常の対人関係などでもやはり素直な心が通い合っている場合においては、仮に嫌悪な雰囲気に陥っても最悪の事態は回避されることが多いと思います。治療場面でも同様の事が言えます。医療事故ではありませんが、治療者側のミスで不都合な事態になっても隠ぺいなどせずに、素直な気持ちになってすぐに謝罪するに越したことはありません。へたに小細工すると益々こじれて収集がつかなくなるものです。

私は、診察する時に大切にしていることがいくつかありますが、その中のひとつに患者さんが醸し出す素直さを見定めることです。言葉だけではなく全体の雰囲気を読み取ります。患者さんが診察室に入って来られて挨拶を交わし、着座されるまでにそれを終わらせておくように心がけています。特に診療内科や精神科の診察では、そうした観察をすることで治療の大半が決まるといっても過言ではありません。新患さんであろうと再診の患者さんであろうと同じです。だから私の診察は、30秒もかからないことも多いのです。もちろん時間がある時には、2時間も3時間も患者さんと話していることもあります。診察時間は長ければいいというものでもありません。?3分診療″と酷評されますが、一概に批難されるものではありません。治療者が直感を研ぎ澄ましておけば、さほど診察に時間は必要ないのです。もちろん専門的な基礎知識は身につけておくことは当たり前ですがね。
私は、治療の進展と治療効果は一瞬で決まるものだと思っています。

素直さの競演 至福の訪れ そんな二人が好き  夢人

平成30年4月 春の嵐の芝公園

2018年3月 普通に暮らしたいと言う女

桜 静かに暮したいと去って行った女性がいましたが、今度は普通に暮したいと私の前から遠ざかろうとしている女性がいます。人それぞれの人生、それもよかろうと送り出してあげようと思っています。
さて、今だ疑問に思うのが普通という言葉が何を意味するのかということです。精神異常の世界を専門的に診る精神科医を目指していた頃、異常とは何か、正常とは何かということをずっと考えていました。正常と異常の線引きはどこにあるのだろうか。量的な尺度による線引き。これは、試験の合否を決める時に使われます。学生の頃、君は65点に満たないので赤点だと言われるような場面です。もうひとつは、価値的な尺度で区分けする考え方です。例えば、ピカソの絵です。彼は生きているうちは全く見向きもされませんでしたが、亡くなってずいぶん時間が経った後に、彼の絵の評価が上がりました。当然その価値も青天井で上がっていったのです。同じ人が書いた絵が時代の流れでその価値が変わったのです。64点だったら赤点で不合格。32点の人と同じで赤点不合格です。ピカソの絵の価値も雲泥の評価の差です。その時、私は思いましたね。量的な尺度も質的な評価も危うくて私には納得できないし、私はそんな生き方、見方をしたくないってね。正常と異常の区別は難しくて境界なんてないんだ。あってないようなものに私たちは、目くじらを立てているんじゃないのかってね。結論が出ないままにひとつの考え方に行き着きました。正常といっても異常の世界が混入しているんじゃないか、逆に異常といえども正常なものが眠っているんじゃないのかってね。
そして私は、ほっと安堵できました。「あなたの考えは、30年先なら理解されるかもしれないけど、とても今は通用しないよ」などと煙たがられて不道徳者の異常者扱いされ続け、ズタズタな悪評を浴びせられて自死を覚悟するまで追い込まれていた私に、救いの手が天から降ってきた思いでした。

さて、前出の彼女に。
普通に生き暮したいという気持ちはよく判るし、私もそうしたいとも思います。普通とか、自然にとか、あるがままにとかいう言葉や考えは耳触りは良いのですが、いざ実行するとなると大変そうに思うのね。時代とともに、時間とともに世の中の常識も変わってくるだろうし、私たちの考え方も変わってくるでしょう。自分は変わらなくても外の世界からのさまざまな刺激に見舞われて方向転換を余儀なくされることもあるでしょう。

よく聴いて、彼女。
君の決断は勇気があって賞賛に値するよ。思う存分人生楽しみなさい。でもね、あまり堅くなにならずに、その時々に君の自由意志で方向転換をしなさい。勇気をもって誓言すればいいんだよ。人が優柔不断と批難しようとも、風見鶏って罵ろうとも関係ないね。君の人生なんだからさ。

春爛漫 桜満開 散っても満開が来る    夢人

平成30年3月 上野の桜は八分咲き

2018年3月 静かに暮らしたいと言う女

私は、若い頃から晩年をどう過ごそうかと考えていました。その時々で多少の変化はあるものの暮しの根幹に大きな違いはありませんでした。『理想郷』(『夢人の里』構想と呼ぶ)をつくり、終の棲家(『超隠居郷』と呼ぶ)をどう造ろうか楽しみながら想いを巡らしていました。このことは後日ふれることにして本題に入りましょう。

昨年、ガンを患った女性が私の元を去りました。実家に戻って静かに暮したいという理由でした。病気のこともあって私は許可しました。私も静かに暮したいと考えて『超隠居郷』という晩年の暮しの在り方をまとめたので彼女の帰省の決断は、私の理想でもあって気持ちよく送り出してあげたかったのですが。しかし諸手を挙げて喜べなかったのです。そんな理由で送別会もせず、二人だけの別れの宴もなく去って行きました。旅立つ日に「小旅行をして帰ります」とメールが1通来ただけの別れでした。きっと静かな暮らしがしたいというからには、それまでの暮しが騒がしかったのでしょうね。彼女の暮しの周辺が騒がしいということは、彼女の心の中にも荒波が立っていたのでしょう。
ごめんなさいね。
さて、皆さんも静かに暮すとはどういうことなのかを考えてみて下さい。先日、ある女性に尋ねてみたところ「静かにということは難しいですね。もの足りなくなるかもしれません。私は、楽しい余生を送りたいですね。」と語ります。
この時の静かにという意味合いがいくつか考えられます。都会の喧騒から離れた環境としての静けさ、胸中を悩ませる刺激がない心的な穏やかさ、等々。私の心を打ったのは、彼女が語った「余生は楽しく過ごしたい」という言葉でした。去って行った彼女は、果たして楽しい人生を歩んでいるだろうか。

現代の科学文明に身を置いてきた私たち人間の中には、飽くなき向上心と際限なき欲望の芽が根付いているでしょう。モノが溢れ価値観が多様化して複雑化したこうした社会のなかで、これからの芽を完全に摘んで果たして静かに暮していけるのでしょうか。頭では出来そうに思えても飽きっぽい私には、到底できない課題に思えてなりません。彼女には余生を幸せに送ってほしいと願うばかりです。
達観した良寛和尚 最後に観た女人と童の世界   夢人

平成30年3月 雪舞う春分の日に
桜1
桜2
桜3

2018年2月 魂胆

ヴァレンタイン 『最年少棋士の藤井聡太五段、関西将棋会館に抱えきれないほどのチョコレートが届く』と今日のインターネットニュースが報じていました。今日は、聖バレンタインデーなのですね。藤井さんだけでなく、多くの有名人に山のように心のこもったチョコレートが届いていることでしょう。有名人でなくとも、イケメン男性諸君の元にも、心のこもったチョコレートが集まっていることでしょう。羨ましいですね。
午前中の診察の合間、窓の外を眺めているとスタッフが私に向かって、こう告げたのです。「先生、冷蔵庫の中にこれが入っていました」と。なんと立派な包装の有名メーカーのチョコレートの大きな箱でした。続けてスタッフは、こう話すのでした。「先生、このチョコレートは去年のバレンタインデーに頂かれたものではありませんか」ってね。今となっては誰から頂いたものか皆目見当もつきません。確かに去年の今日、私が頂いたものですが、せっかく頂いたのにごめんなさいね。
1月1日は正月元旦、2月3日は節分、春分の日に、秋分の日は問題なくいいとしても、2月14日のバレンタインデー、12月24日(24日夜から25日にかけて)のクリスマス、5月第2日曜日(ちなみに今年は5月13日)の母の日、おまけになんとなくと6月の第3日曜日(ついでに今年は6月17日だって)は父の日だそうです。これには私も黙っておくわけにはまいりませんね。まずは一言、どれもこれも商業主義に走り過ぎていませんかね。100歩引いてクリスマスは、イエス・キリストの誕生祝いでめでたいとしても、なんでケーキで祝う必要があるのでしょうか。バレンタインデーが女性から男性へ求愛する日で、なんでチョコレートを手渡しするようになったのでしょうか。元々親と子の交流を重んじる日だったのではないでしょうか。ずっと前に洋菓子メーカーの「モロゾフ」が2度もチョコレート戦略を仕掛けたようですが、いずれも失敗に終わっています。その後、何が良かったのか「メリーチョコレート」が、バレンタインチョコレートを売り出したら当たってしまい、今では毎年毎年この習慣は、慣例化され大当たりブームが続いています。私には分からない。分かるんですけど分かりたくない。商業主義でしょう。そこには、魂胆がありますよね。
そう考えていくと、この世の中の事象はすべて何らかの魂胆が成り立っているように思います。国家の繁栄をめざす政治も、人間の成長をめざす教育も、愛を育む男と女の恋愛も(同性の愛も)、すべてが表向きの目的とは違う魂胆や企(くわだ)てがありそうです。それが当たり前だと思える人はそれでいいと思いますが、へそ曲がりで天邪鬼(あまのじゃく)な私としては、どうしても完全に受け入れられないのです。ものによっては反旗を翻して世間の反感をかうことも多々ありました。『冠婚葬祭、ご無礼します』や『虚礼廃止』などもそのひとつの現れでした。純粋無垢に生きるのは難しいですね。

肩の力を抜いて 駆け引きなし 天真爛漫に  夢人

平成30年2月 聖バレンタイン

2018年2月 冠婚葬祭ご無礼します。

今では医療機関が虚礼廃止を告示するのは当たり前になりましたが、私は勤務医(雇われ病院長)をしていた頃から、患者さんやご家族からの付け届けをお断りしていました。もうそれは、かれこれ40年前からのことです。お土産などをお断りするのは、お察しの通り治療の判断が鈍りそうに感じたからでした。今、流行りの忖度(そんたく)を期待しているような妙なプレッシャーを感じていたのも事実です。
勿論、自分のところの畑で採れた野菜などもありましたが、ビール大瓶を1ケース持ってこられる方もいらっしゃいました。持って帰るのが大変。
当時ビール券などの便利で、しゃれたものもありませんでしたからね。その頃でしたね、それとは全く逆のことをしたことがありました。経済的に困っている患者さんからお金(診察代)を貰わないようにしていました。ところが、この噂が拡がってついには支払基金が知るところになって、地元の医師会から大目玉を喰らいました。これが後々語り継がれることになった、お布施医療といわれるものです。その時初めて知ったのですが、保険診療とは患者さんから自己負担額を必ず徴収しなければならないということです。その負担額を支払えない人は、医療を受けられないということです。当時若かった私は、ムカっ腹が立ってその自己負担額を私が支払うから、畑の芋でも白菜でも持ってくればいいと言い放ったところ、またまた問題が勃発して、これが芋診療事件となったのです。
本来、虚礼とは心のこもっていない形だけの儀礼の意味ですが、実際の現実場面でどれくらい心がこもっているか、どこまでが虚礼なのかを判断することは非常に難しい問題です。だから私は、心がこもっていようと表面的で形だけであろうと、一律にお断りすることにしたのでした。

盆暮の付け届けもお断りしていますし、年賀状や暑中見舞いも自分から書かなくなって30年は経つんじゃないでしょうか。年賀状も暫くは頂いた方には全員書いていましたが、今では社交辞令なものや通り一遍のものには返信はしないことにしています。そして、予想通り、盆暮れの頂きものや年賀状も年々少なくなっています。最近はメールでのやり取りが主流になっているようですが、一斉メールは止めてほしいと思います。一斉メールではないにしても、宛先だけを変えた定型のメールなど見たくもありません。

さて、今日の本題の“冠婚葬祭ご無礼します”に入ります。
私が最後にお葬式に参ったのは、いつだったんだろうって記憶を辿っています。優に20年以上は経っているんじゃないでしょうか。若い頃、お寺で修業した身でありながら不届き千万と言われるでしょうね。結婚式の披露宴にお呼ばれしたのもいつだったんだろう。きっとこれも20年以上は経っているかもしれません。同じ頃、無性にお葬式や結婚式や祝宴に出向くのが嫌になったんです。実家で正月や盆を一緒に食事するのも苦痛になりました。祖父母の回忌で親戚一同が集まって会食するのも苦痛で嫌になりました。時には怒りさえ覚えることもあって、徐々に参加しなくなりました。何か嘘っぽくて、虚礼行為に思えてならなったのです。ご先祖様、すみません。でも今でも、いつでもどこにいても、貴方方には心から感謝していることだけはお分かり下さいませ。
黄泉の国(よみのくに)へと旅立たれた魂を軽視しているわけではありません。式典に参列しなくとも遠くからお見送り致しております。結婚の契りを結ばれたご新郎ご新婦おめでとうございます。遠くよりお幸せをお祈り致します。
さて、何故私がこうした儀礼行為に賛同せず、参加しなくなったかといえば、理由はいろいろありました。最も大きな理由が、人が大勢集まった中はとても息苦しく居心地が悪いということです。医学会から身を引いたのも同じ理由です。さらにそうした大勢の集団の中には、嘘っぽいうわべだけの心理がうごめいていて、とても純粋な気持ちになれなかったことです。忘年会や新年会などに参加しなくなって、同じく20年位になります。どうか皆さん、私をそうした儀礼行為に誘わないで下さい。冠婚葬祭についても、ご報告いただけるのはありがたく頂戴致しますが、出欠の返事やお誘いはお断りさせて頂きます。

今日は節分です。各地の神社では、有名人を招いて豆まきでごった返しているようです。世間を騒がせたお相撲さんたちも紋付袴に身を包み、満面の笑顔で豆まきに興じております。でも、私の中には異和感が渦巻いています。デパートの食品売場やコンビニの店頭には、恵方巻が山ほど積まれています。これも止めて欲しい。もうすぐ聖バレンタインデーがやってきます。これも止めて欲しい。嘘っぽくて嘔吐に下痢。私もついに大流行のインフルエンザに罹ったのかと思わず自分で誤診してしまいます。
福は内 鬼は外 虚礼に洗礼を  夢人
                
平成30年2月3日 節分 鬼退治
節分

2018年1月 陽はまた昇る

平成30年、新年を迎えて皆さん方も心新たにされていることでしょう。振り返ってみれば、昨年は苦しいことや厭なことが多かったと思っている方もいらっしゃるでしょう。でも、楽しくて幸せなことばかりだった方は滅多にいらっしゃらないので普通ではないでしょうか。

釈迦は、生まれる苦しみ、老いる苦しみ、病気する苦しみ、死にゆく苦しみを四苦と呼び、四苦八苦という諭しの言葉として弟子たちが後世に語り継いできています。釈迦は、裕福な家に生まれ幸せな家庭を築いていました。ところが、ある日、妻子を捨て出家します。それは、苦しむ人々の姿を憐れみ、何とか救いたいと願ったからでした。私が注目したいのは、何不自由のない暮らしをしていた釈迦が、自らその幸せを捨て家族と別れる苦しみを背負う行動をとったことです。それには、苦しむ人々を救いたいとの想いもあったでしょうが、幸せ過ぎる生活に何らかの息苦しさや、飽き足りなさを感じていたのかもしれないという気もするからです。そして出家した釈迦がとった行動には、大事なことが潜んでいたと思います。それは、幸せという楽から苦へ選択転換することにより、悟りという新たな世界を見出すことが出来たということにあるでしょう。彼が辿り着いた無常観という悟りの世界は、後世の人々をどれだけ救済したことでしょう。彼は難行苦行をしていますが、しかし、その苦行からは何の悟りも得られなかったといいます。ところがです。疲労して虚脱した心身の状況で、無常の悟りを得たのではないかと想像しています。楽から苦、そして新たな楽への転換が見事に展開されています。
苦しみばかりも駄目だし、幸せ過ぎても人は満足できないのかもしれません。
慌てず騒がず苦の世界で佇んでいると、直に苦の世界の辺縁が割けて新しい世界が見えてくるようです。決して苦と闘ってはいけませんよ。無駄にエネルギーを消耗するだけに終わってしまいやすいようです。苦は、私たちの心と体を成長させてくれる大切な要素なのかもしれません。この人生、苦はつきものです。それなら甘んじて堂々と受け止めてみましょう。
人生、陽はまた昇るです。
苦も楽を産み 釈迦もイエスも 神と成る  夢人
                
平成30年 元旦 博多祇園の朝
日の出

2017年12月 もの知りの罠

最近、やたらとテレビのクイズ番組が目につくようになったと思いませんか。私は、特定の番組しか観ませんので、最近そのことに気づいたのかもしれません。若い頃は、田宮二郎司会のタイム・ショックや大橋巨泉のクイズダービーはよく観ていました。自分で答えるというよりは、解答者の答えや番組の雰囲気を楽しんでいました。最近のクイズ番組は、お笑いの芸人さんが司会をしたり、ゲスト解答者になったりと面白おかしく番組づくりがされているようです。これも視聴率獲得のためでしょうか。テレビのバラエティー化の影響でしょうか。
先日、初めてクイズ番組を無理天理観せられました。林先生という方は、博識ですね。普通の人が答えられない問題でもいとも簡単に答えていました。さすが東大出身ですね。頭が良くて、勉強熱心で暗記力がすごいのでしょうね。

かなしいかな、私は全く正反対。勉強嫌いで暗記力はといえば、からっきしダメ人間。自分の家の電話番号をやっと覚えたら、自分の携帯電話の番号が憶えられないんです。よくこんな記憶力で長い学生時代を過ごしてきたものだと、今から思えば怖くなります。二度と学生時代には戻りたくないですよ。今でも時々、悪夢で学生時代に戻ることがあって夜中に目醒めて氷ついていますがね。

でも、頭が良くて勉強が好きで記憶力のすごい人たちを、少し遠くから見てみたら面白い傾向があることに気づいたのです。頭が良くはなくて、勉強嫌いで記憶力の弱い人たちって、そうじゃない人たちと比べて何となく優しい雰囲気があるんだなぁってね。何でしょうかね。この違いは。
それは、次回のお楽しみ。この次は必ず博識という閉鎖系のお話しをしますよ。
憶える能力 忘れない能力 そんなもんなくても憶えられない魅力 忘れる力があるから 今も生きている

平成29年11月 勤労感謝する日に
罠

2017年11月 彼女の友人、私の愛人

先日、初老女性のうつ状態にある患者さんに「先生は、お友達はいらっしゃいますか?」と尋ねられました。私は、即座に「僕は、友達はいません」「僕は、友達はつくらないことにしています」「ましてや、親友などいるはずがありませんよね」と答えました。すると、なぜだか彼女の表情には微笑がありました。彼女は最近40年来の友人に電話したそうですが、運悪く相手のお友達は食事の支度中で忙しかったようでした。その為そっけなくあしらわれた挙句、「時間もわきまえず、あなたって非常識な人ね」と叱責されて電話を切られたようでした。私は、よくもまあこの方たち40年も友人関係が続いたものだと感心しました。その日彼女は、診察が終わって席を立ちながらこう言うのです。「先生はお友達もいらっしゃらなくて、お淋しくございませんか?」「それは、強がってみたところで僕もたった一人だったら淋しいでしょう。でも、僕には愛人がたくさんいるから友達はいらないのです」と答えたら「愛人ですか・・・。ウフフ」と妙に納得して笑顔で帰られました。
もうすぐハロウィン 仮装して仮面被って 友人たちが集う  夢人

平成29年10月 台風前夜 小雨の渋谷
ハロウィン

2017年10月 恋が愛に変わる時

最近、離婚する人たちが急速に増えているようです。新幹線の中で読んだ雑誌には、何分間に一組とか書いてあったようです。別れる理由はそれぞれのカップルでさまざまでしょう。性格の不一致とか、性の不一致とか。でも、どのカップルも結婚の契りを結んだわけですから、それなりに愛し合っていたはずです。ところが、いつの間にか家庭内別居とか、熟年離婚になってしまいます。少し前には成田離婚という言葉もTVや雑誌をにぎわせましたね。
皆さんも胸が熱くなるような恋をされた経験があるでしょう。私も胸が張り裂けるような恋をしたことが何度もあります(笑)。しかし、そんな恋心は長く続きません。あんなに好きだった人の嫌なところが見えてきて、ジ・エンドになることもあります。多くの場合は激しい情熱はしぼんでも、関係は続きます。恋心が無くなった関係を愛と呼ぶのかもしれません。身内愛とか家族愛とか。情恋はありませんが相手を何らかの形で信頼する関係に変貌したものを愛と呼ぶのかもしれませんね。何らかの信頼関係があればいいのですよね。恋が愛に変わり、信頼関係が崩れると別れが来るみたいですね。何らかの信頼関係があれば関係は続くのかもしれませんよ。
恋の歌 愛の歌 別れ歌 人生いろいろ 露頭の歌あり  夢人

平成29年10月 初秋の長雨
秋桜

2017年9月 この世で大切なものって何?

働き手不足で宅配業や飲食業などの店舗では、閉店に追い込まれているところもあるようです。高学歴社会も、崩壊といわれて随分と時間が流れました。少子高齢化現象が顕在化してきているのでしょうね。デフレを脱却しきれないなごりもあるのでしょう。新しい理念のもとで、新しい社会構造を構築しないといけない危機的状況にあります。ところが、まだこれまでの高学歴エリート人間をめざす人たちがいらっしゃるのも事実です。
閉塞社会を生み出した残像に救いを求めていらっしゃるのでしょう。
新しい理念が見つからないのかもしれません。
理念を支える基礎がないのでしょう。
考えるいとまがないほど日々の生活に追われているのでしょう。
幼少期から勉学に励まされ有名私立学校に通わされ、塾や家庭教師をつけて猛勉強の毎日を送っている子どもたち、果たしてこれでいいのでしょうかね。
ある人に「この世で大切なものは何でしょうかね
と尋ねたことがあります。すると、「仕事と子ども
と答えられました。あれ?あれ?あなた自身のことはどうなの?「仕事が生きがいです。」「子どもが幸せになって欲しいです。旦那とは終わっていますから。
あれ?あれ?あれれ?私は思うのです。
仕事も大切でしょう。
子どもの教育も大切でしょう。でもね、それはあなたの欲ではないですか。あなたは、お金が欲しいのではないですか。
お金も大切でしょう。
地位や名誉も大切でしょう。
でもね、お金も地位も、名誉も持って死ねませんよ。よく考えてみてごらんなさい。もっと大切なものがあるでしょう。
この世で、時間と生命に勝るものはあるのでしょうか。刻々と私たちの寿命は終焉に近づいています。時間も生命も後戻りさせることは出来ません。取り返しがつかないものなのです。お金で時間も生命も買うことは出来ません。きっと、そのことが分かる日が来るでしょう。その日が今日なのか、朽ち果てて絶命の瞬間なのか。それとも分からずに、この世を旅立ってしまうのでしょうか。早く気付いて有意義な人生にして欲しいと遠くから願うばかりです。
夢人

平成29年9月16日 台風18号襲来
ラジオ

2017年8月 故人のつぶやき

日野原重明 今年7月18日 日野原重明先生がお亡くなりになられました。105歳でした。
「成人病」や「生活習慣病」を提唱され、今では定着しています。病気の核心をついた、根本的な治療への扉が開かれたと思います。終末期医療もいち早く導入されました。
病気で死を迎えたくはありません。人は必ず寿命があって死を迎えます。しかし、先生はきっと病気を完全に治せる治療法があったならばと思っておられたのではないかと想うのです。
今の医療に欠けているものは、治せる医療です。

平成29年8月 初盆の日に